ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■35歳、クラゲに「人生」を学ぶ。
チチ:何で(笑)。どうして僕が感動したかというと、クラゲは水槽の中でつくられた波があるでしょ。それによって完全に流されてたんですよ。自分に意思がない、クラゲというのは。
らも:自分というのがないわけや。
チチ:ないんです。我がない。ぼくは、自分というものをなくしているという意味で、”自我”がないというふうにとったんやけどね。自我のない流され方というのは、きれいやなと思いました。
自分の中で、風流があかんと思っていたんやけど、クラゲを見た瞬間に、「いや、やっぱり風流でええのや」と思ったわけよ。「このクラゲを見よ」と。ふらふら水の流れに流されてる姿が、めちゃくちゃ芸術的だったんでしょ。ミズクラゲやったんですけどね、見たのは。ミズクラゲは水槽の中でたばこの煙のように漂ってた。たばこの煙っていろんなふうに姿を変えるでしょ、瞬間的に。そんな感じ。水槽の中でアート作品が生まれていく感じ。きれいやな、と。こんなきれいなもんか、クラゲっていうのは、と。それで、「そうか、ぼくも流されて生きて、このように瞬間、瞬間にものすごい変化していったら、迷惑をかけるどころか人を感動させられるんやないかな」と思ったんですよ。これしかないと、35歳にして、やっぱりおれの師匠はクラゲやなと。この”クラゲ師匠”にいろいろ学ぶべきことが多いんちゃうかなと。それなら今まで迷惑をかけてた人も、あまりにもぼくの流され方がきれいだったら許してくれるんやないかなと。それで、クラゲに家に来てもらう段取りを始めたわけ、見た瞬間から。それまでぼくの中には、やる気とか努力とかいう言葉がなかったんですよ、おじいさんに憧れてたから。おじいさんとかはあんまり闘わへんでしょ(笑)。
らも:闘うじじいはあんまりいないよな。
チチ:「流されて生きるんじゃ」、みたいな感じやったのが、そのクラゲを見た瞬間にクラゲのやる気のなさとはちがうやる気が出た。】
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チチ松村さん、35歳のときの述懐。このあとチチさんは”クラゲ師匠”に家に来てもらうために水族館の職員の人に教えを請うて、ついには、「日本の家庭クラゲ飼育の第一人者」となり、クラゲの本まで出版されることになるのです。ほんと、クラゲの「やる気のなさ」に魅せられてしまったわりには、その後のチチさんの行動は、やる気満々なんですよね。
ところで、僕がこの文章を読みながら、ちょうど今現在、このときのチチさんと同世代の男として考えたのは、「ああ、優柔不断というのも、ひとつの『生き方』なんだよなあ」ということでした。僕も30年以上も”風流”というか、優柔不断人生を送ってきて、ごはんを食べに行く場所もなかなか決められず、ずっと、「もっと決断力のある男にならなくては!」と年初めには決意してきたのですが、なんだか、このくらいの年齢になってみると、もういまさら「即断即決の人間」にはなれない、ということがわかってきたのです。そして、「自分の道を自分で切り開こう!」というよりは、僕は革命家ではないし、それこそ【行ったほうでいかに楽しく過ごすかに賭けよう】と。
そして、この年齢になって、そういう自分を、ようやく許容できるようになってきたのです。ちょっと、遅すぎるのかもしれませんけど。
僕も急にクラゲに目覚めたりするかもしれませんが、とりあえず、流されてみるのもそんなに悪いことじゃないと、気楽に生きていければなあ、と思います。世の中には、なんでも自分で決めないと気がすまない人だっているんだから、それはそれで、全体としてはバランスがとれているのかもしれないしさ。
でもなあ、「まったく自我なく流される」っていうのも、それはそれで難しいことですよね、実際は。
01月11日(水)
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