ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「将棋プロ編入試験」が生み出す「残酷な希望」
 今まで「プロ棋士」になるためには、「奨励会」経由でなければなりませんでしたし、26歳という年齢制限が大きな関門となっていました。しかし、今回のことを契機に「自由化」が広がっていくと、「可能性が残る」一方で、「可能性を捨てきれない」人が増えてしまうのではないかと思うのです。「26歳」というのは残酷な年齢制限のようですが、逆に、「26歳の若さなら、まだ、人生の方向転換ができる」という面もあるのですよね。若くしてプロ棋士への道が絶たれるのはものすごく辛いことでしょう。でも、ずっとその可能性にしがみついてしまって、プロにもなれず、諦めることもできない、宙ぶらりんの人生を送ってしまうことと、「無理やり諦めさせられること」のどちらが残酷かと考えると、僕は正直、「可能性が残されてしまうことのほうが、かえって残酷なこともあるのではないか?」と感じます。たぶん、瀬川さんのような「晩成型」の棋士は少なくないと思うのだけど、実際にそれが制度化されてしまえば、その「晩成型の才能」を拾い上げるために、多くの「自分を晩成型だと信じてしまう人」の屍の山をつくってしまうのではないか、と。
 将棋の世界は、「プロになれなくても将棋で食べていける」ようなものではないですし……野球などとは違って、「年齢の壁」みたいなものが比較的無さそうなイメージがあるのも、かえって「諦め切れない人」を増やしてしまいそう。
 「希望」というのは、もしかしたら、より深い絶望を連れてくるのかもしれません。光によって、闇の深さが際立ってしまうように。「夢を追って生きる幸せ」は、「夢を捨てきれない不幸」と背中合わせなのです。
 

11月06日(日)
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