ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■退屈な「元ひめゆり学徒の証言」
 「語り部」の方々が【つらい出来事を自分の体が総毛立つ思いで話している】というのは、身につまされる言葉です。でも、それだからこそ、その「思い」が、もっとよく伝わるためにはどうすればいいのか、ということも、あらためて考えてみるべきなのではないかなあ、という気もします。
 残念というか、本来は喜ばしいことなのでしょうが、今の日本の子供たちにとって「戦争」というものに感じるリアリティはどんどん薄れてきています。逆に、「まあ、場合によっては戦争もしょうがないんじゃない?」というような考えを持っている子供たちも少なくないのです。「戦争」がどういうものかなんて、全然体験したこともないのに。
 もちろん僕も「戦争体験」は無いのですが、最近はメディアでも「戦争」について語られる機会が少なくなったような気がしています。8月15日の「終戦記念日」だって、「原爆の日」だって、ニュースで追悼集会の映像が流されるくらいのもので。
 それが「時間」というものなのだよ、と言われればそれまでなのですが、僕は、そうやって「戦争への嫌悪感」みたいなものが薄れていくのは、非常に怖いと感じています。でも、それを風化させないためには、どうしたらいいのだろう?と考えると、それは一筋縄ではいかないなあ、と頭を抱えてしまうのです。
 「退屈だと思うな!」といくら叫んでみたところで、表面上はつくろえても、「退屈だ」と感じる心の動きというのは、そう簡単に変えられるものじゃないのだろうし、「どうして『退屈だ』と思う子供がいるのだろう?」ということを考えてみるのは、マイナスではないですよね。この感想の筆者は、少なくとも「防空壕」という当時のままの存在には「強い印象」を受けていたのだから、こういう生徒に「より上手に伝えるための方法」は、何かないものなのでしょうか?

 ただ、僕はやっぱり、これを入試問題として採用したことには問題があるのだろうな、とも思います。正直、「戦争は悪い」と感じる心というのは、人間に生まれつきあるものというよりは、後天的な教育の賜物だから。実際に、「戦争で死ぬのは美徳だ」という教育がされていれば、(表面上でも)喜んで戦地に向かうような人は、増えていくはずです。
 そういう意味では、子どもたちには、「戦争は悲惨なものだ」という、一種の「刷り込み」も必要なのかな、と思うんですよね。

06月13日(月)
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