ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■アインシュタイン博士からの手紙
 いやまあ、このエピソード自体は、「日本人哲学者と偉大な科学者の友情物語」というよりは、「有名な科学者に突っかかっていった、ちょっと偏執的な人の話」のような気もしなくはないんですけどね。アインシュタイン博士の「サイン入りの写真」なんて、「友情」というよりむしろ、「ファンサービス」的なものなのではないかなあ、とか思ってしまいます。「古びたカーディガンを写真で着ているから、手編みのセーターを贈ります」なんて言われたら、僕がアインシュタインだとしたら、イヤミじゃないか、とか勘繰ってしまいそう。
 でも、この「アインシュタインからの手紙」は、相手が公人であったり、公の場でのやりとりだったりしないが故の、「本心」が語られているような感じで、とても興味深いものでした。
 歴史的な観点から言えば、アインシュタイン博士は、原爆を開発した「マンハッタン計画」に大きな影響を与えた人物(名目上は参加メンバーに入っていないとしても)であったことは否定のしようがないでしょう。博士自身は、その使用に対しては、その威力を知るが故に、反対の立場をとってはいたのですが。
 そして「アインシュタイン博士が、あんな恐ろしい殺戮兵器の開発に協力しなかったら、広島・長崎の悲劇は起こらなかったのではないだろうか?」という疑問を後世の人間は抱いています。
 彼らが造らなければ、誰かが同じようなものを造ったに違いないのかもしれないし、一科学者の「良心」みたいなものが、戦時下の政治に影響力を行使することは難しかったとしても。

 アインシュタイン博士は、「同じもの(核兵器)をナチスドイツに先に造られたら大変なことになる」という危機感を持っていたのでしょうし、実際のところ、その時代に生きた人々にとっては、それは「切実な恐怖」だったはずです。「自分や愛する人々の身を守るための暴力」というのを、完全に否定するというのは、本当に難しいことですし。
 結果的には、「原爆」というのは、「身を守るための暴力」としては、あまりに強力で、あまりに容赦のない兵器として完成してしまったわけですけど。

【私は日本に対する原爆使用は常に有罪だと考えていますが、この致命的な決定を阻止するためには何もできなかった。日本人が朝鮮や中国で行ったすべての行為に対して「あなた(篠原さん)に責任がある」と言われるのと同様、(私は)ほとんど何もできなかったのです。】という言葉からは、博士の「いたたまれない心境」が伝わってきます。たぶん、博士の実感として、本当に「何もできなかった」のでしょう。「ある人物に対する歴史的な認識」と「当事者のリアルタイムでの実感」には、やっぱり、大きな乖離があるようです。

 ただ、こんなふうに「歴史」というものを考えていくと、結局のところ「すべてのことは、『運命』であり、個人というのは、その流れの上に乗っているだけなのではないか?」という気もしてきます。
 例えば、第2次大戦の最大の戦犯とされているヒトラーだって、もし彼がいなくても、他の人物が同じように戦争をやっていたのではないか、とか。
 そして、その可能性を否定することは、誰にもできないのです。

 それでも、「何が起こっても、それは運命であり、誰のせいでもないんだよ」なんていう心境には、なかなかなれないのが人間でもあり、アインシュタインが、この「無礼な手紙」に返事をしたのは、きっと、彼自身の中にも、吐き出したいものがあったのでしょう。
 「自分にはどうしようもなかった」という一方で、消せない「罪の意識」もあったのだと思います。

 それにしても、こういうのって、「誰のせいでもない」としたら、一体、どうすればいいんでしょうね……

 核兵器に焼かれるのも、すべては、運命?

06月09日(木)
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