ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「スパム・コミュニケーション社会」の裏側で
ほんとにもう、僕は最近、家の電話が鳴るのや玄関のチャイムが鳴るのが怖くてたまりません(携帯電話は、今のところはマシ)。それこそ、電話が鳴るとオレオレ詐欺(今は「振り込め詐欺」でしたね)かマンションの売り込みのような気がするし、玄関に来るのは悪質な訪問販売員か宗教の勧誘なのではないかと思ってしまうのです。通販も便利ではあるんだけど、受け取るために玄関を開けなければならないと思うと、日中は家にいないこともあり、二の足を踏んでしまうくらいです。
被害妄想、なんでしょうけどねえ……
携帯電話やメールのような、よりプライベートなコミュニケーションツールの普及というのは、ある意味、「比較的プライベートじゃないコミュニケーションツール」に対する恐怖感を増幅しているのかもしれません。
いきなり固定電話にかかってくる話や突然家を訪ねてくる人は、ほとんど「スパム」なんだし。
この「認知症の姉妹に対する悪質な訪問リフォーム」の話を聞いて、僕は暗澹たる気分になりました。昔から、訪問販売を生業とする人たち(いわゆる「押し売り」も含めて)は、買ってくれた家に目立たないように印をつけて、仲間同士に「この家では商売ができる!」とサインと送りあっている、という話を聞いたことがあります。彼らの立場になってみれば、それこそ冷たい対応をされて追い返されるのが当然なのでしょうから、彼らなりの「助け合いの精神」で、「優しい人」「騙されやすい人」を仲間に知らせていrのです。
でも、そうやって標的にされる家は、たまらないですよね……
僕はそういう怪しげな訪問者に対してひたすら自分の家に篭って嵐が過ぎ去るのを待ちますが(考えてみれば、勝手に訪問してくる人に対して、なんでそんなに息をひそめていなければならないのか、自分でも疑問だけど)、たぶん、そういう人は増えていく一方で、悪質な業者としては、「取れるところから、骨までしゃぶりつくす」しか、生き残っていく方策がなくなってきているのでしょう。
そして、「現代社会のディスコミュニケーション」に慣れていない高齢者が、どんどん餌食にされていっているのです。そういう傾向は、たぶん、これから酷くなることはあっても、改善していくことはないと思います。
【「自分たちの生活が成り立つように仕事をする」と居直った。】というコメントに対して僕が感じるのは、憤りというより、「これが現代のスタンダードなんだ」というやるせなさなんですよね。「完膚無きまで、徹底的にやる」というのが、世の中の「流儀」になりつつあって、「相手が高齢者だから」とか「認知症だから」というのは、むしろ「利用できてありがたい」という要素でしかないのです。これを報じているマスコミだって、悲惨な事故の被害者たちに遠慮なくマイクを向けて、「国民の知る権利」だと居直っているのだし。
確かに、自分が飢え死にしてはしょうがないし、2人で漂流している板が沈みそうなら、1人を海に突き落としても罪にはならないよ。
でも、そういうことに対して「契約だから」と、罪の意識すら感じられなくなりつつあるというのが、僕は悲しい。
絶対スパムに引っかからないためには、メールボックスを開かないしかないんだよね、結局のところ。そうすることで、自分の世界がどんどん狭くなっていく一方なのだとしても。
05月25日(水)
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