ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■偉大な法王、ヨハネ・パウロ2世が遺したもの
 ヨハネ・パウロ2世は、世界平和を訴える一方で、妊娠中絶やコンドームの使用への反対といった、教義に厳格な姿勢を崩すことはなく、そのことは、日常レベルにおいては「困ったこと」だと思っていた信者も、けっして少なくはなかったのでしょう。エイズをはじめとする、性感染症の問題もありますし、法王の姿勢は「理論上は、当然のこと」ではあったのかもしれませんが、現実においては、「時代に即していない」という批判もあったようです。最近では、スペインで、エイズ予防のためのコンドーム容認発言が、数時間後に撤回されてスペイン国内では大きな失望の声が上がった、なんて話もあり、その裏には、「コンドームは不道徳なセックスをもたらす、というローマ法王庁の圧力があった」と言われています。ただし、この件に関しては、ヨハネ・パウロ2世が直接関与されていたかは、なんともいえないのですが。まあ、確かに「コンドームは不道徳なセックスをもたらしている」と言えなくもないけど、非カトリックの僕としては、「禁止しても不道徳なセックスはなくならないだろうから、容認したほうが『現実的』なのではないか」などと考えてみたりもするのです。引用文中のフンメス枢機卿の「これからのカトリック教会は避妊など性にかかわる問題で科学と向き合うことが大切だ」という声明は、明らかにヨハネ・パウロ2世の厳格すぎて、時代に即さない保守的な面を批判しているのだし、おそらく、こういう「リベラル派」の人たちは、今までさんざん煮え湯を飲まされてきたのでしょう。
 信者ではなく、信教を持たない僕からすれば、「そのくらい厳格なほうが、宗教の教義としては、正しいのではないか」などと考えたりもするのですが、実際の信者からすれば、やはり、「なんとかしてくれ」というのが本音だというのもよくわかります。「何でもあり」では、かえって、求心力は無くなってしまうような気もしなくはないけれど。

 宗教すら、現実への多大な妥協を求められる時代というのは、宗教家にとっては、なかなか大変なのでしょうね、きっと。「信仰心」がなければ務まらないのだろうけど、実際には「政治力」のほうが重視されがちな面もあるわけだし。
 確かに「偉大な法王だったヨハネ・パウロ2世の後任となるのは誰にとっても難しい」。
 

04月04日(月)
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