ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■インターネットはテレビを殺すのか?
「編集権」という言葉が話題になっていますが「ニュースを集める」というのは大変なのでしょうが、その「ニュースをどう伝えるか?何を見出しにするのか?」というのって、ものすごく大事なことだと思います。ネット上にも、例えば「かとゆー家断絶」という多くのアクセスを集めているニュースサイトがあるのですが、ネットの性質上、多くの人は、このサイトで、上から順番に項目を追っていくと思われます。そして、上のほうでは、「ちょっと気になる」という程度のニュースまでクリックしていた閲覧者も、これだけの量ともなると、最後のほうでは「よほど気になったものしか、クリックしない」ようになるのではないでしょうか(少なくとも僕はそうです)。「並べる順番」というのは、非常に重要なファクターであり、そして、その記事を「どういうふうに紹介するか」とか「どんな見出しをつけるか」によって、観る側の反応というのは、全然違ってくるはずです。僕らは普段は、そういう「送り手の思惑」に関しては、意外と無頓着なものなのですけど。
堀江社長は、「視聴者(あるいはリスナー)の興味があるものをネットで投票してもらって、多い順に取り上げていく」と仰っておられましたが、実際のネット人口から考えると「若者の好み」に偏ってしまうだろうし、地味なニュースというのは、どんどん埋もれてしまうことでしょう。そもそも「マスコミは偏っている面がある」と思うけど、ネットもけっこう嘘つきだし。たとえそれが、意図的なものではないとしても、現在のネットというのは、ある程度の「慣れ」とか「分別」がないと、足元をすくわれる危険が非常に高いように思えるのです。堀江さんだって、「仙台ジェンキンス」を忘れたわけじゃないでしょうに。
僕だって、既存のメディアに100%満足していないし、1局くらい、ライブドアにやらせてみても面白いんじゃない?とも思うのです。ここで堀江社長を応援している人の中には、「いい気になっているテレビ局の連中を困らせてやりたい」と考えている人も少なくないような気もするし。
でも、変わっていくことはあるとしても、テレビはそう簡単には無くならないだろうなあ、とも思うのですよ。世の中には「誰か分かってくれている(はずの)人に、ニュースの順番を決めてもらいたい」とか「あまり他人と議論したくない」とか「ただ、受身でボーッとしながらでも楽しめるものの方がいい」という人は、確実にいるだろうし、もしかしたら、そちらの人のほうが、サイレント・マジョリティなのかもしれません。
現在の「巨大メディアと、巨大メディアに対するチェック機構としてのネット社会」という構造は、実は、ものすごく合理的なもので、将来的にどちらか一方に統合されるとしたら、それはそれでものすごくイビツなものになるのではないか、とも思いますし。「テレビでもネットでも(あるいはラジオでも新聞でも)選べる状況」というのが、いちばん健全なはず。
病院勤めをしていると、ずっとテレビを観ているあまり動けない高齢の患者さんと接する機会というのは、けっこう多いのです。時代劇や大相撲中継を日々の楽しみにしている先輩たちの姿は、未来の自分のような気もするし、彼らに「ネット社会への適応」を過剰に望むのは、あまりに酷というものではないでしょうか。
なんでも「自分で選べる」って、実は、すごくめんどくさいことでもあるんですよね……
03月28日(月)
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