ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「物語」という通路をとおして
村上さんが、アメリカで自分の「源」が崩れていく姿を観て感じたことは、「悲しみ」や「喪失感」と同時に「自分がその場にいないことへの罪の意識」だったのかもしれません。それは「感傷」だと言う人もいるでしょうし、客観的にみれば「幸運」だったのですが、あの地震の光景に対して、そういう複雑な感情を抱いた人は、けっして少なくなかったと思います。あれは、「日本のどこで起こってもおかしくないこと」なのですから。
僕は「傍観者としてしか体験していないこと」について、このようなネット上にでも書くということに、われながら、「そんな資格があるのだろうか?」と考えることがあるのです。僕は震災で何も失っていない人間であるにもかかわらず、「ご冥福をお祈りします」なんて、軽々しく書くことは、偽善に過ぎないのではないか、と。
でも、この村上さんの書かれたものを読んで、僕はなんとなく「こうやって書くこともまた、『少しでも共有すること』になるのではないかな」と思ったのです。
もちろん、村上さんが書かれるような「物語という通路」にはなりえないとしても。
まだまだ「個人的な余震」は続いているのだろうし、「源への信頼」は、完全には取り戻されていないのでしょう。
それでも、こうやって残された人々が語り継いでいくことは、けっして、ムダではないのだと思います。
関西出身の僕の同級生は、卒業して地元に帰り、今では結婚して2児の父親になりました。
震災で家や家族を失った独居老人の孤独な死は、今でも絶えません。
あれから、10年が経ちました。
01月17日(月)
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