ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「メリー・クリスマス」を救え!
 しかしながら、今から考えると、まあ、ああいう日が1年に1日くらいあっても悪くはないかな、とも思うんですけどね。少なくとも、朝起きて、枕元にプレゼントが置いてあるのを発見したときは、けっこう嬉しかったし。見慣れたデパートの包装紙で包まれていたとしても、やはりそこには、ちょっとした夢みたいなものもあったような気がするし、若い恋人たちが、公然とイチャイチャできるような日というのもいいかな、と。「負け組」にとっては、精神鍛錬に役立ちました。

 それはさておき、このアメリカでの「クリスマス論争」というのは、本当に難しいところですね。確かに「少数派に配慮」するというのは大事なことなのですが、その一方で、「キミたちは多数派で勢力も強いのだから、少数派に対して譲歩したまえ」というのが、多数派にとって「逆差別」という印象を与えるというのもよくわかります。本来ならば、「宗教的少数派も、多数派も同様の権利を有する」のがスジなのでしょうが、実際にそうなってしまうと、多数派のプレッシャーが強くなりすぎて、少数派にとっては生きにくい世の中になってしまうのだろうし。とはいえ、「宗教色のないクリスマス」というのは、もともとキリスト教の宗教的行事であったのだから、「そんなの意味あるの?」とも思えます。この背景には、イラク戦争に対するブッシュ大統領の「十字軍」発言により、アメリカ国民の「政教分離」に対する危機感が煽られたため、なんて話もあるようです。
 そう考えると「そこまで神経質にならなくても…」と感じる一方で、「そんなに神経質になるほど、不安が広がっているのか…」とも考えてしまいます。気軽に「そんな細かいこと気にせずに、楽しくクリスマスをやればいいのに」なんて言うのは、「平和ボケ」「宗教ボケ」してしまった、日本人の感覚に過ぎないのかもしれません。
 でもねえ…別にクリスマスを排除したからって、アメリカでのキリスト教徒の「宗教的影響力」には変わりないのだから、そういう「目に見えるものだけを覆い隠す」という行為が、本当に意味があるのかどうかには、ちょっと疑問もあるんですけどね。
 そういう「形だけかもしれないけど自制していること」を評価すべきか、ナンセンスだと笑いとばすか…「宗教」というのは、非常に難しい問題ですよね。
 たぶん、一般のアメリカ人たちは、こういう「クリスマスを救え!」とか「クリスマスは差別だ!」という「問題意識を持つ人々」の論議とは別のところで、「ま、クリスマスはクリスマスだから」と、楽しんでいるのだろうし、それはそれでいいとも思うのですが。

 別に、サンタクロースやトナカイが悪いことをしたわけじゃないのにね。

12月24日(金)
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