ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■子どもが、「勉強しなくなった」わけじゃない。
 僕が中学校くらいのとき(もう20年くらい前)だって、「勉強したいから塾に行く」なんて同級生は、周りにはほとんどいなかったものなあ。正直、みんな「このままだといい高校に行けないから」と親に言われて無理やり、とか、「自発組」にしても、「同級生に負けたくない」とか「成績が落ちて不安」だとかいう、「今、そこにある危機」を回避するために、遊びたい気持ちを抑えて塾に行っていた、という感じでした。そもそも、そんなに「塾に行く」という行為そのものが、「家にいたら勉強しないから」でもありましたし。僕だって、勉強するよりは、家でファミコンをやっているほうが、はるかに楽しかったですし。
 
 正直、「勉強をする」というのは、一種の強制であり、習慣なのではないか、と僕は考えています。僕はそれなりに勉強してきたつもりではありますが、それは「勉強が好きだったから」というよりは、「見かけが悪く、スポーツの苦手で、芸術的センスにも乏しい人間」にとって、唯一周りの同級生と比較してマシだったのが、この「勉強」というジャンルだったから、というだけなのです。どちらかというと、「これで自分の生きる道をなんとかしないと、生きていけない」というような強迫観念に、ずっと追われ続けていたような気がします。そして、多くの僕のような人間たちが勉強していたのは、おそらく、「少なくとも、自分の才能では、プロ野球選手になるために野球の練習をやるよりは、勉強したほうが生きていく武器になる」と判断していたからだと思うのです。

 僕は今の時代の実情はよくわからないのですが、この結果からすると、「みんなができなくなっている」というよりも、「できない子どもは、ひたすらできなくなっていく」という状況なのではないでしょうか?そういう意味では、現代の「個性を伸ばす」と言われている教育が、一面で、安易に「できないことを容認する」という風潮になっているのかな、という感じもするのです。勉強している(させられている?)子どもたちは、物心がつくかつかないかのうちから「お受験」の準備をさせられて、そうでない子どもたちは、劣等感だけが増幅してしまうという現実。親は「勉強なんか、しなくてもいい」と「寛容な親」を演じながら、「勉強」以外の生きかたを提示できないという事実。そして、行き場のない子どもたちを「援助交際」などという名目で、さらに搾取しているオトナたち。
 もちろん、勉強だけが正義ではありません。他に自分が生きる道を見つけられるのならば、別に勉強ばかりにこだわる必要もないし。でも、この「学力低下」は子どもたちの責任というよりは、「勉強してもムダ」な世の中を作りあげて、「勉強ばかりが人生じゃない」とわかったようなことを言っているオトナたちの責任なのではないかと、僕は考えているのです。
 「いいよね、女子高生は、勉強できなくても援交で稼げて」
 そんなオトナたちは、「寛容な大人」なんじゃなくて、単に「無責任」なだけ。
 しつけをしなければ、誰だってトイレで用を足せないように、「生まれつき勉強したい子ども」なんているわけがないのです。もちろん、「勉強」というものに対して、向き不向きとか、好きになりやすいかどうか、という個人差はあるとしても、それは、やってみなければわからないこと。そして、子どもたちに「やらせてみる」のは、大人の責任なのではないでしょうか?
 子どもが「勉強しなくなった」のではなくて、子どもを「勉強させなくなった」だけなのでは。
 もちろん、極端に「勉強漬け」にするのは問題ですが…

 みんな、騙されるなよ。今の日本は、勉強も努力もしなくても、そりゃ、なんとか食べてはいけるさ。でも、どんなに頑張ってもそれが反映されないような仕事は、ずっと続けるには退屈すぎるよ。

12月07日(火)
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