ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「ネットでできる」だけでは、何の価値もない時代
「ネットショップ」というのは、世間ではかなり一般化しつつあるようなのですが、実際のところ、その売り上げは一部の「勝ち組」を除けば、けっこう厳しいものがあるのが実情なのではないでしょうか?何年か前にある雑誌で読んだ「ネットショップ開業記」の記事では、何人かが開業に挑戦して「1ヵ月で1万円も売れれば御の字」という結果が出ていました。
簡単にそのへんで買えるようなものを買うために、「大丈夫かな、ここ」と思うようなネットショップにカード番号とかを通知するのは怖いですしねえ。
売り手のほうは「ネットで買い物ができるんだぞ、すごいだろう」と思いこんでいても、買い手のほうは「このくらいだったら、自分で買い物に行ったほうが便利」というレベルのネットショップって、けっこう多そう。
「ネットで買える」というだけでは、もう売れない時代なのです。
こういうのって、個人サイトのオーナーの「どうだ、オレはホームページ作ったんだぞ、すごいだろう。きっと人気サイトになるぞ」という「主観的な評価」と、来訪者側の「こんなサイト、どこにでもあるし、珍しくもなんともない。つまらねえなあ」という「客観的な評価」のギャップにもよく似ているような気もします。
「ライブドア」と「楽天」の争いを外野から観ていて思うのは、「この『時代の最先端のIT企業の人々」というのは、『インターネットで』何かをやること」にばかり目が向いていて、その「インターネットのメリットを活かせる『何か』について考えることがないのではないか?」ということです。
「こんなこともネットでできる」のはいいけれど、「こんなこと」をやるための手段として、ネットというツールが優れているのかどうか、という評価が甘いのではないかなあ、と。
例えば「ネットによる新球団のリアルタイム試合配信」なんて、「じゃあ、誰がそれを観るの?」って思いませんか?
たぶん多くの人はYahooの無料の試合速報で十分だろうし、コアなファンはスカイパーフェクTVに入るでしょうから。
amazonがアメリカの書籍販売で成功したのは、値段を下げたのと検索をしやすくしたからで、単に「ネットで本を売っていたから」ではないのです。
「ネットで○○ができる!」というだけでは、誰も見向きもせず、「ネットで○○がラクに(もしくは楽しく、安く)できる!」でないと勝負にならない時代です。
もう、インターネットは、「目的」じゃなくて、単なる「手段」でしかないのだから。
10月02日(土)
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