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活字中毒R。
by じっぽ
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■「ニート」という生き方
もちろん、「人とふれあうのが好き!」というタイプの人もいるでしょうけど、「ふれあわずにすむのなら、そのほうがいい」と感じている人だっているのです。
現代は、人々の生き方が変わったというよりは「そうやって生きることが可能になった時代」というだけのことなのかも。
ただ、僕はこんなふうにも思うのです。
「あまりにも多様で寛容な価値観」というのは、こういうところにも影を落としているのではないかなあ、って。
今は「勤労は美徳だ」とか「人のために尽くすのは正しいことだ」とかいうような「道徳的な思想」というのは人々に刷り込まれることはなく、「働かないという選択肢もある」とか「フリーターとしての自由な生活」なんていう「多様な価値観」というのが常識化しています。
「ちゃんと定職を持って働け!」なんて説教されたら「オヤジ、頭が古いよ、今はこれが当然なの!」とか言い返されたりしそう。
しかしながら、前にも書きましたが、フリーターというのは、企業にとっては「人材としての責任を持たなくてもいい、使い捨ての存在」なんですよ。もちろん、企業側はそんなこと口には出しませんが。
やっぱり何かをやろうと思うのなら若ければ若いほとスタートは有利ですし、手に職があるに越したことはないのです。本当は企業のほうだって、長い目でみれば、ちゃんと次の世代の人材を育てていったほうがプラスになるに決まっているのです。
「100円(今は105円、ですね)ショップは安い!」からといって、消費者がみんな、倒産した会社の商品を集めた100円ショップでばかり買い物をしていたら、いつかは100円ショップに商品を供給する会社が無くなってしまいます。不況のせいで、「とりあえず生き延びる」というための選択をしてきた会社も多いのでしょうけど。
そして「ニート」のなかには、「就職に失敗して、自分に自信が持てなくなった」という人がかなりいるらしいのです。そういう人たちを「どうして働かないんだ!」と責めるは、ちょっと酷な気もするのです。
だけど、社会人というのは、みんなある種の「無力感」を背負って働いている人がほとんどなのです。実際にこの世の中に「この人がいないと地球が滅亡する!」なんて人間はひとりもいませんし、医者としての僕にだって、急にいなくなれば一時的にはみんな困るかもしれませんが、代わりはいくらでもいます。天皇陛下にだって松浦亜弥だって、けっして「必要不可欠」ではないのです。
「社会に必要とされる人間」だというのは、結局のところ「自分の思い込み」でしかないですし、そういうふうに実感するには、自分で自分の存在を証明していくしかないのだと思うのです。残念ながら、僕にはまだそれだけの自信はありませんが。
「ニート」なんて特別な呼び方をしなくても、ほんのちょっとしたなりゆきで、そういう状態になっている普通の人がほとんどだと思うし、僕だってそうならなかったとは限らない、そう感じます。
まあ、だからこそ「やればできるはず!」とか考えてしまうんですけどね。
05月18日(火)
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