ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■『世界の中心で…』と『ノルウェイの森』の「死生観」
少なくとも僕の親は「僕の人生経験になるため」に死んだわけではありませんから。ましてやそれを誰かに訳知り顔で教えてもらいたくないなあ、と。
 そういう場面で、人生の先輩として気の利いたことを言ってあげたいという気持ちは、いまの僕に理解はできるのですが、感情として受け入れられないのです。
 それは、絶対に生きている誰かが、生きている誰かに言うことではない、と思います。生きている人間は、所詮「生きている人間」としてしか死者を語ることはできないのだけれど。

 もちろん「美しい死」「良い死に方」というのはあるでしょう。でも、自然死ではない事故や事件、戦死などでも、人はその死に対して「復讐したい」とかいう負の感情を抱かずに、善良であることができるのだろうか?

 僕は、いろいろな「死」に立ち会ってきました。でも、いまだに「死」というのは、僕と隔絶したところにあったり、僕の中にあったり、ゆらゆらと揺れていて、つかみどころがないものなのです。

 ただ、16歳で「ノルウェイの森」をリアルタイムで読んだときよりは、32歳の今のほうが「死」というものを遠く感じているのも事実なんですよね。ひょっとしたら、こうしてどんどん「死」と隔絶して、死ぬことが怖くなくなっていくのかな、なんて思うこともあります。そのほうが、生きていくのはラクなんだろうけど。

 ひとつだけわかるのは、たぶん、僕はずっと「死」について考え続けなければならない、ということなんですよね。

 いつか、自分の番が来る日まで。

05月01日(土)
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