ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■ハルウララと武豊と偽善者たちと
【「ここは馬の老人ホームですよ」と言いながら、ハルウララより年を食った9歳や10歳の馬たちにエサをあげているのだ。お金がないから高価な配合飼料なんか買えない。でも、なんとか馬たちを勝たせてやりたいから、農家の畑を借りて自分で牧草を育て、新鮮なエサを与えている。】
宗石調教師は、競馬界では非常に変わった人で、「普通だったら、もう引退=安楽死」になるような馬たちを「元気なかぎりは、走らせてやりたい」と気長に走らせる人のようです。それは別に、ハルウララに限ったことではなくて。それだともちろん、調教師としての成績は上がらないのですが。年老いて勝てない馬よりも、若くて強い馬に入れ替えたほうが、当然結果も出るはず。
「強い馬を育てる」のが目的の競馬界では、かなり異質なことを宗石調教師はされています。そして、あまり語られることはありませんが、ハルウララの馬主さんも、少なくともこの馬が話題になるまでの90連敗くらいまで、毎月赤字なのに、気長にハルウララの飼葉代(預託料)を支払い続けて、応援してきたのでしょう。
競馬の本質は、「最強」を目指すブラッドスポーツです。でも、僕は思うのです。「最強」を目指す弱肉強食の競馬がある一方で、1万頭に1頭でも、こういう「負け続けても愛される馬」がいてもいいんじゃないかな、って。
競馬というのは、本質的に、人間の思い入れによって支えられているもので、実際に馬がやっていることというのは、「コースを走ること」だけなのですから。
この最弱馬によって、生きる活力が与えられる人がいる、という事実は、たとえそれが勘違いや思い込みであっても、否定できないことです。
いや、武豊騎手の気持ちはよくわかります。1着賞金が10万円とかのレースで弱い馬に乗って勝利を求められるというのは、この天才をもってしても厳しいでしょうし、勝てる可能性、勝つことによるメリット(額面通りだとすると、勝っても武豊がもらえるのは5000円!)と負けることによるデメリット(たぶん、競馬をよく知らない人には、「ハルウララを勝たせなれないなんて、武豊なんてたいしたことないなあ」なんて思う人も多いでしょうから)を考えると、気が重くなるでしょうし、「これで引退だから」と御祝儀的に頼まれていたものが「引退かどうかはわかりません」なんて言われたら、愚痴のひとつも言いたくなりますよ。ノボトゥルーに乗るついでに「善意で」ハルウララに乗るようなものなのに。
僕は武豊騎手のことは嫌いですが(いつもいい馬に乗って勝っている、という判官びいきのような感情と、僕が馬券を買うと来なくて買わないと来るような印象があるので)、今回彼がハルウララに乗るのは、競馬界のリーダーとしての責任感みたいなものも感じるのです。少しでも話題になって、地方競馬の活性化につながればいい、というような。
「弱い馬は役に立たないから皆殺し」という発想よりは、「弱い馬でも、運がよければ生き延びられる可能性もある」というほうが、少しは救いがあると、僕は思うのです。不公平、かもしれませんが。
だいたい、人間という種の中で大部分の人は、ナリタブライアンどころか、ノボトゥルーにもほど遠い、ハルウララなのですから。負けても負けても走り続けなくてはならない、悲しい生き物。
競馬の世界にくらい「負けても負けても応援され、愛される敗者」がいてもいいんじゃないでしょうか。
それは、「偽善」なのかもしれません。
でも、ひとりの競馬ファンとしては、この「偽善の物語」で、馬主さんたちが、自分の持ち馬に対して少しでも長い目でみるようになってくれたり、一般の人たちに、「競馬場には最強じゃない馬たちのドラマがある」ということが、伝わってくれればいいなあ、と。
そうすれば、これからも出てくるであろう「あの中津の馬」だって、死なずにすむかもしれないし。
僕は、「偽悪」や「露悪」よりも、「つまらない、日常的な偽善」のほうが、遥かに人間を幸福にすると思うのです。
ハルウララ、せっかく生き延びられそうなんだから、怪我しないていどに頑張れよ。
03月15日(月)
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