ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■なぜ電車内で化粧をしてはいけないの?
 「公共性の欠如」というのは、確かに一理あるかもしれません。「みんなが移動する場所で、個人的な行為をやるのは恥ずかしいこと」というのは、ある種日本人の道徳観に合致しているような気もしますし。ただし、それなら「文庫本とかも読んだらダメなの?」とか「直立不動で電車に乗ってなきゃダメなのか?」という極論もあるわけですよね。そのあたりの「個」と「公」のバランス感覚というのは微妙です。
 「化粧をする」というプロセスを他人に見せるのはハシタナイ!という意見もあるようですが、考えてみれば、「そんなの本人の価値観次第」なわけですよね。電車内で化粧しているという行為自体が、本人にとっては「他人に見られたって構わない」という意思表明であるわけですし。おそらく、車内に同じ会社の人を見つけたら、あわてて化粧をやめたりとかするんじゃないかなあ。
 それでも、周りの人は、自分の感覚に照らし合わせて、「自分が電車内で化粧をしているような気になって」不快感を覚えてしまうわけです。
 ただ、僕が不快に思うのは、ひょっとしたら、「自分が『化粧している姿を見られてもいい人』に勝手にされている」という点かもしれません。昔のヨーロッパの貴族は、使用人の前では平気で裸になっていたそうです。なぜかというと、「使用人を人間とは思っていなかったから」。
 こういう「自分が風景の一部にされてしまう」というのは、意外と不快なものなのです。本当は「俺になら化粧している姿を見せてもいいのか!」なんて赤の他人に向かって腹を立ててみても、どうしようもないんですけどね。
 知り合いの女性が、「忙しくてメイクしている暇がなかった、ゴメン」と言って、車の助手席で化粧している姿、なんてのは、全然嫌な感じはしないんですけどね、僕の場合は。

 こうしていろいろ考えてみるのですが、実際のところ、「こういう理由があるから、電車内での化粧をしてはいけない!」という決定的な理由というのは、見つからないような気がするのです。
 あえて言うとすれば、「化粧をする」という行為(まあ、一種の秘め事ですね)そのものが、あまりに神秘的で、人々の心を騒がせるからなのかもしれません。
 ひょっとしたら、本質的に人間と言うのは、「他人が化粧する姿」というのに、ものすごく興味を持ちすぎる生き物なのかなあ、なんて考えてみたり。

02月13日(金)
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