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ダメダメ医学生の京風日記
by 伯耕
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■関西二都(随筆バージョン)
淀屋橋の地下駅を出た京阪特急は複雑なカーブに車輪を軋ませながら
極端に狭いトンネルをゆっくりと進んでゆく。
帰宅するサラリーマンでほぼ満席の車内は、軋む車輪音の他は沈黙が支配し、
それぞれが今日の疲れを抱えたまま列車の揺れに身を任せていた。
俺も二日連続の聴講と、そして最近の茹だるような暑さのせいもあって
すっかり疲れ果て、この電車の最前席に腰を下ろしたまま
しばし無我に前方の景色を見つめていた。

思えばやる事に忙殺されていた。
大学2年の夏休み、八月上旬の北海道医療検診診療補助の仕事の前に
終らせるべき、2連続2週間にわたる夏期講習の予習。
そして自分の予習に同行する形で1週間の聴講での天王寺通い、
その合間を縫って所属3バンドの個人練習、そしてさらに
ドラム、ピアノ個人のレベルを上げるための基礎練習、
そしてもちろん本分である医学の勉強として、組織学の試験対策、
そして秋から始まる肉眼解剖実習の予習…。
必死だった。たまには余裕が出る事もあったが、その他は押し寄せる
「やるべき事」をひたすら処理し続ける、そんな日常だった。

天満橋を出た列車は急カーブを取り、一気に地上に出る。
京橋が近づき減速する列車の右手では大阪ビジネスパークの
巨大ビルが幾つも重なりながらゆっくりと後ろに流れてゆく。
線路脇を通り過ぎる薄汚れた木造建築や薄暗い雑居ビルの遥か遠くで
周りを威圧するかのように光を湛え、夜空に聳え立つ高層ビル群を見て、
俺は都会に来た、改めてそう感じた。

地方の中都市出身の俺にとって、大都会とは非現実的な存在であった。
テレビドラマなど、メディアのおかげでブラウン管の中の都会は
見慣れたものであったが、それらは俺にとってますます
イメージとしての都会を増徴させるだけであった。
テレビドラマなどに登場する「都会に生きる人」達、彼らは大概孤独であり、
無数の人々がいるにもかかわらず、常に一人で頑張っているものだった。
その影響だろうか、都会で一人で頑張っています、
それが俺にとって都会に生きる人、の最も相応しいイメージだった。
京都に住むようになっても、京都という平面化された都市では
大都市〜メガロポリスに生きている、という感触は生まれなかった。

大阪は不思議な街だ。同じ大都市でありながら、
明らかに東京都は違う雰囲気を湛えている。
東京とは日本の中心であり、全ての標準である。
東京以外は即ち地方であり、土着の臭いを持った誰かの故郷である。
大阪は大都会でありながら、一つの地方であり、
無機質でありながら何かの臭いを感じる、そんな都市だ。

アルバイトとはいえ大阪に通うようになって数ヶ月になる。
突然思い立って地下鉄一駅分、夜の御堂筋を歩いてみたり、
京阪電車の中で高層ビルを眺めながら思いに耽ったり、
こうした俺の気まぐれな行動は、かつて俺がイメージしていた
「都会に生きる」というイメージと現実を重ね合わせてみたい
だけなのかもしれない。俺は今、確かに都会に一人で生きている。

出町柳に到着して、地上に出る。
夜にもかかわらず相変わらず辺りは京都特有の
地表から湧き上がるような蒸し暑さに包まれていた。
さすがに空腹感を感じたため、久々にラーメンでも食いに行こう、
そう思っていくつか考えた結果、久々に木屋町の「大豊ラーメン」に
行く事に決め、自転車をこぎ出した。しばらく鴨川沿いに自転車を走らせ、
御池通の橋を渡り、木屋町通りに入る。
祇園と並ぶ京都の夜の街、木屋町通りは夜10時を過ぎてまさに
繁栄の真っ只中にあった。高瀬川に沿って並ぶ柳並木、それを挟んで
並ぶ無数の店の前を数多くの若者達やサラリーマン達が行き交っている。
自転車を先斗町公園に停め、ここからは徒歩だ。
先斗町の狭い通りにいったん入り、さらに細い路地に入ったところに
この「大豊ラーメン」はある。俺が見せに足を踏み入れると…。

3人の舞妓さんがカウンター席に座っていた。
京都に来て2年半、実際にこんな近くで舞妓さんに遭遇するのは初めてだった。

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07月30日(火)
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