ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7574、読書日記 〜タコツボ社会
   * 懐かしい‘中根千恵’の訃報が…
 50数何前に、ゼミで紹介され読んだ本の著者である。著者は当時、まだ20歳代
の若い女性で、日本社会を蛸ツボに例えた切口で、その特殊な閉鎖性を指摘して
ベストセラーになっていた。 実家が衣料量販店と、ファッション店の二店を
駅前繁華街で繁盛していたことも有り、地方の閉鎖性の特殊性を実感していた。
そして、ゼミの課題としての、見解を議論することになった。
議論が、日本が本当に閉鎖社会か…? これまた面白くあっという間に二時間が
経過していた。

 ネット検索をすると…以下の要約があった!
【 この本では、社会集団の構成要因として「資格」と「場」との区別をします。
 ・資格 職業、血縁、身分などの資格によって集団が構成される。
 ・場   地域、会社などの一定の枠によって集団が構成される。
日本は社会では「場」への所属が自己の存在を確認するより所になっていると
主張します。組織の中では、同一資格保持者であっても、上下の差が設定される
ことで序列が形成される。その意味でタテ社会ということです。
場社会であることがタテ社会であることを説明するという論法ですが、これと
まったく逆に、タテ社会であるから場を重んずる社会になったという仮説を考える
こともできます。その場合には、タテ社会(であるとして) である理由は、
場社会であることととは別の根拠を探しださなければなりま せん。 •
・日本はタテ社会なのか
• 日本だけがタテ社会なのか
• なぜタテ社会になったのか
• タテ社会であることが何か問題か(悪いのか)など、 】
 ―
▼ 懐かしく当時を想いだしながら、書いているが、ショックだったのが、
 教授の<日本こそ‘横社会’の指摘。 親族、企業などをみると、親、社長、
ボスなどの組織形態の名の元に集団が構成されるが、社長などトップその名称が、
資格では? とすると、蛸ツボ社会と断じるには無理がある。
…成るほど、言われてみれば、そのとおり。
< 中根千枝は、「徳川体制というものはまず士農工商という身分に全人口を
 ホリゾンタルにキリ、さらに藩という『タテ』割を設けて行われたのであり、
その善悪は別として、組織とし て、『ヨコ』『タテ』両者を交錯させている
ということで、これはまことにすぐれた ものというべきであろう」(p.113)>
という。 これを咀嚼して半世紀、ノウノウとしたり顔で弁をたてさせて貰った。

・・・・・・
7182,閑話小題 〜人生総括の時節に   ―学生偏―
2020年11月12日(木)
    * 若衆宿のような『青雲寮』の日々が懐かしい!
 御隠居生活に入って、過去は変えられないが、解釈の変更は可能と気づいた。
突詰めると、最後は独居の自問自答、体験を経験として心底に納める自己納得。
特に多感な青年期の基礎教養の質量の問題が自然と浮上がる。 …青年期は、
様ざまな立場の価値変更の決断が身に迫ってきて、それに対応するには経験、
知識の絶対量が足りなさ過ぎた。それは自身だけでなく、誰にもいえること。
有難いことに、溢れる激情そのままを、日記帳に書き残してあった。
 当時の私生活のバック・グランドに…『青雲寮』というシェアハウスの
ような25人の団体生活があった。この経験の人生における価値に気づくには…
その後、20〜30年を要した。
 昨日のニュースに新宿牛込柳町のマンションの火災がニュースで流れていた。
早稲田の事務方の理事の私邸(500坪の角地に‘『’に、部屋が並んだ平屋が
あり、部屋の外は土間。その前の部一室が集会場で、月に一回は誰か集まり、
主に酒飲み場になっていた。 しかし、普段は部屋で読書の空気が満ちていた。
寮生は、九州から、愛知、福島、秋田、新潟県などの出身者。半分が早大生で、
明治、日大、立教…等々の学生。日々が、興奮と、刺激に満ちていた。
 
 時代背景の1960年代後半は、学生運動が華やかなりし時代、若さに任せて、
得たばかりの知識と、経験を互いに披露しあっていた。自然と、様々な学生の

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11月12日(金)
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