ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6924,読書日記 ~余命宣告されたら何を読みますか?
         <生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか?> 
                          金子 直史 (著)
 ガンで余命宣告された記者が、渾身をこめて書いた記事なればこそ、
ここで紹介した短文に魂のシリアスな息吹きが感じとれる。
誰かに縋る思いで発する言葉が、<余命宣告されたら何を読みますか?>。
その自問自答なればこそ、読者を惹きつける。
  〜Amazonの読書案内〜〜
≪ 病を得て余命宣告された硬派のジャーナリストの最後の仕事は、
 死に直面した文化人たちの格闘を読み解き、伝える連載だった。
絶筆となった渾身の連載稿に、並行して書かれた詳細な日記を付す。
【 人は普段、いつもの平穏な日常が続くことを疑わない。だから思いも
寄らない病や命の危険に突然直面すると、未来への不安、死への恐怖が避け
ようもなく広がる。そこで人の生、そして死は、どう見えてくるだろう。
その問いに正面から向き合った文化人らの作品を読み解きながら、生きるため
の希望を探りたい。本文より… 】 特別寄稿:窪島誠一郎  解説:黒川創
●目次
  まえがき──共同通信社 文化部長 加藤義久
「生きることばへ」
 「命の叫び」を画布に──戦没画学生慰霊美術館「無言館」
 病を楽しむという境地──俳人・正岡子規「小さな世界」の輝き
 豊かな感受性と闘う意志─スーザン・ソンタグ 生の美しさ、揺るがない軸
 恐れに屈しない快活さ──中江兆民「一年半は悠久なり」
 祈りを収める小さな函──高見順「なまの感慨」
 無数の死の悲しみを受けて──原民喜 生と死の記憶を胸にたたえ
 日常の奥底、止まる時間──被爆者にとっての記憶とは
 特攻というあまりに特殊な死の形態──戦争による生死の意味
 原爆から水俣へ──「なぶりもの」にされた人々の現実
 「海と陸の精霊」が交歓する世界─悲しみを引き受け希望を胸に 石牟礼道子
 水俣で見えた近代の闇─鶴見和子 「魂」を地域で再生させる「アニミズム」
 病を受け入れ世界へまなざしを開く──鶴見和子 人生の最後を彩る病と歌
 未来と関係しない時間の豊かさ──見田宗介 近代のむなしさを超える契機
 世界の奥底の兆し見つめる──宮沢賢治の「天空の地質学」
 悲しみを通じて見えてくる輝き──自分という存在の「解放への通路」
 生者と死者の共生感覚──奥野修司 東日本大震災遺族への聞き取り
 死者の実在を身近に感じる思い──若松英輔、柳田国男「日本人の死生観」
 ありふれた日常的な生活用品だからこそ─生々しい石内都『ひろしま』の面影
 生の極限で保つ人間の尊厳──フランクル『夜と霧』の問いかけ
 濃厚に立ちこめる戦争の記憶─目取真俊 忘れ去ることのできない死者の存在
 基地の存在のリアリティー──大城立裕と目取真俊の作品から
 戦争とは一人一人の悲惨の記憶──大田昌秀「生き方の原点」
 今を問い直す沖縄の現実──他人の苦しみを自らのものと感じる心
 ベラボーなものを核に──岡本太郎の「殺すな」
 歴史を生きる一人一人への洞察と共感─その一方で、吉村昭の衝撃的な選択
 揺るぎない生命の姿──西部邁の自死いざなう徳義の思想について
 「美しい死」「ロマン的な死」─過剰な意味付けを超える「生そのもの」
日記(金子康代編)
 2016 2017 2018
特別掲載 ある記者との糸電話──窪島誠一郎
解説 金子直史さんのこと──黒川創
あとがき──金子康代
 ――
▼ そう遠くない、今日、明日でもあるかもしれない『余命宣告』。
 還暦過ぎれば…、特に男は、何時なんどき宣言されても不思議でない。
私の代わりに?、誰かに順番がまわった話は聞くが、恐れは意外と少ない。
こういった本を数多く読んできたこともある。‘魂という名のエネルギーは、
何らかのカタチで残ることを直感できている’こともある。 一回限りの、
その人の人生は決して消えはしない。いや消えたで消えたで、それも良し。
一生とは、その道標そのもの。それはそれで… 私たちの周囲には。多くの

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02月28日(金)
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