ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6271,閑話小題 〜情報の階層化について −2
  * 「情報についての情報」
         〜選び取ってる「世界についての物語」
 カントだが、私たちは「私が知っていること」を優先したがる。そして、
同程度の連中で群れ階層化する傾向が強い。TVひとつとっても、4k(スマート・
TV)か、否かでラインが引かれる。ガラケイとスマートフォンの以上の格差がある。
その階層化も、今では、それぞれがバラバラになり、「原子化」状態である。

≪ 「情報の良否が判断できないユーザー」の特徴は、
◎ 話を単純にしたがること、それゆえ最も知的負荷の少ない世界解釈法である
「陰謀史観」に飛びつくこと。 ネット上には、世の中のすべての不幸は
「それによって受益している悪の張本人」のしわざという「インサイダー情報」
が溢れかえっている。「陰謀史観」は、この解釈を採用する人々に「私は他の人
たちが知らない世の中の成り立ちについての“秘密”を知っている」という
全能感を与えてしまう。そして、ひとたびこの全能感になじんだ人々はもう以後
それ以外の解釈可能性を認めなくなる。彼らは朝から晩までディスプレイに
しがみついている自分を「例外的な情報通」だと信じているので、マスメディア
からの情報を、世論を操作するための「嘘」だと退ける。こうやって「情報難民」
が発生する。彼らの不幸は自分が「難民」だということを知らないという点に。

◎ 情報の二極化がいま進行している。この格差はそのまま権力・財貨・文化
資本の分配比率に反映するだろう。私は階層社会の出現を望まない もう一度
「情報平等社会」に航路を戻さなければならないと思っている。そして、
その責務は新聞が担う他ない本稿では「情報の階層化」について書いたが、
実際に起きているのは、「階層化」というよりはむしろ「原子化」である。
人々は今では個人単位で情報を収集し、「自分が知っている情報の価値、自分
が知らない情報の価値」についての中立的なメタ認知能力を失いつつある。
「自分が知っている情報の価値、自分が知らない情報の価値についての中立的な
メタ認知能力」のことをここでとりあえず「情報リテラシー」を名付ける。
情報リテラシーとは一言で言えば「情報についての情報」である。「自分が
知っていることについて、何を知っているか」というメタレベルの情報のこと。
例えば、「この情報をあるメディアは伝えているが、違うメディアは伝えて
いない」という情報の「分布」についての情報。「この情報には信頼性の高い
データによる裏付けが示されているか、いないか」という情報の「信頼性」に
ついての情報。 「この情報はこれまで何度も意匠を変えて登場してきたある種
のデマゴギーと構造的に同一か、先例の見いだしがたい特異性を示しているか」
という情報の「回帰性」についての情報。などなど。
以上、それは政治的なしかたで解決するしかない。  〜つづく ≫

▼ スマートフォン、スマートTVが普及するほど、人々は何が本当かフェイクか
 判断できない「情報難民」に陥る欠点が浮かびあがる。中国人を「流砂の民」
というが、大陸が故に、それぞれが原子化し、孤立化する。その結果、TVゲーム、
ネットサーフィンの仮想の世界に、目先、避難する。

・・・・・・
4442, 閑話小題 ーリタイア後の幸せ度
2013年05月15日(水)
  * リタイア後の幸せ度
 退職後の幸せ度は、一番高いのは創業者、二番目は違う会社で勤めている人、
三番目が、そのまま再雇用している人、最後は、そのままリタイアした人、
という調査結果がある。一番高いのが創業者は自分が、そうだから分かる。
それも、私のように会社を倒産させた人がいうと、強がりにように聞こえる
だろうが、複雑な実感である。挫折感より遥かに達成感が強いことは確か。 
自己完結してキレイサッパリするから。意外なのは、完全リタイア組の幸福度
が一番低いこと。長年かけたライフワークを持ってないためだろう。
「自分が、まだ有用の存在でいたい」のか。後は、解釈になる。収入の関係も

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05月15日(火)
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