ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6200,随想日記 〜日々、活きているかい?
   * つれづれに、自虐的独り言!
 リタイアから7年、この淡々とした日々の生きる目的とは何だろうかと、
改めて考えてみた。 何度か、その類いの書籍の感想文の中で考えてきた。
 「自分の人生を鳥瞰して余白を埋めること」
 「活き活き活きること」
 「日々を楽しむこと」等々である。 
具体的目安は、
・食事と晩酌が美味いと思うか、
・ジムに進んで行きたいと思うか、
・TVの映画やドラマ、ドキュメントを面白いかどうか、
・随想日記を前向きに書いているか、になる。
 どれも一応、合格になるが… 

家内に『周りを見渡して、気の毒、可哀そうと具体的に思う人っている?』
と突然、聞かれた。当人の周辺に多く居るらしい。女人社会では人生の内側
がまる見えのようだ。私にとって 世間にドップリ染まった岩間の小さな様々
な生き様が気の毒。 私もそうだが、足腰が弱るにつれ引籠りがちになるが、
どうも極端な内向きの生き様の人が多いらしい。 人間関係を見ると、
色いろなサークルに属し、その触媒から、多く要素が垣間見れるようだ。 
 で、次の質問…
家内:『具体的に気の毒に思える人って、どんな人?』と… 突っ込み。
 考えてもいなかったが、すかさず出てきた言葉が、
私:『そうね、節目をつくれず、何気なく生きている人。例えば pi.pi.pi!』
家内:『その世界しか知らないから、それはそれで良いんじゃないの。』
私:『聞かれたから答えただけ。だけど、嫌な奴と思ってるだろうね。
  孤独、孤立に慣れてないからね。それが悪いこととさえ思ってるからね。
  だから全否定されてると思うんだ。話が詰まらないもん。日常にドップリ
  浸かって。そういう現在の私がそうか。でも、ネットサーフィンで外界を
  飛び回ってるよ。』
家内: 『カウチポテトそのもんじゃない。お金は最小で済むけどね。』
私: 『あんたのように、年に10回も、上京する人も少ないよ。それから
  したら気の毒な人になるよ。ケッセラセラ!で、楽観的過ぎるよ。
家内: 私まで布団被って、寝室や書斎に籠っていたらどうなるの。
  これで丁度いいのよ。私は遊ぶ人、あんたはお留守番。私の家にタダ同然に
  置いてもらってるんでしょ。手取り??万の家賃の居候じゃないの。
私: 『     』

ってな具合で。あと一月足らずで、早朝のミニチャリが始まる。そこで溜まった
毒ガスを新鮮な空気で洗浄する。12月から3ヶ月、毒がかなり蓄積をしている。

・・・・・・
5468,人生で最も大切な技術 ー26 退屈と孤独を越えて
2016年03月05日(土)
   * 退屈と孤独を越えて
 退屈とは、何ら楽しみを見つけ出すことの出来ない状態で、楽しみの準備が
出来てない状態をいう。身辺を見ていると、本当に多い。楽しみは、10年、20年、
40年かけての準備を要する。それがないから退屈になる。目先の気晴らしと、
楽しみとは、似て非なるもの。 
≪ 退屈は、気晴らしを唯一の頼りとする人が避けることのできない宿命である。
 その人は、人生を一つの大きな娯楽と捉えるが、見世物が終わった瞬間に惨め
になる。退屈は、時間に価値を見出さない人の罹る疾患である。
 反対に、時間には計り知れないほど大切な価値があることを理解する人は、
日常的な活動や外からのさまざまな刺激からの、わずかの休憩時間を余すこと
なく活用し、どの瞬間にも備わっている、芳しく澄んだ音色を味わう。
その人は、退屈の意味も味も知らず、精神的に枯渇することがない。
 孤独にも同じことが言える。米国人の15%が、週に一度は強度の孤独感を
経験している、という報告がある。人間関係または世の中との接触を断つ人は、
エゴの幻想に陥り、群集の中で孤独を感じる。あらゆる事象には相互依存性が
あることを理解する人は、決して孤独に陥らない。 
 隠遁者を例にしよう。たった一人で過ごすにもかかわらず、宇宙のすべてと
調和し、一致していると感じることができるのである。

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03月05日(月)
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