ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[384101hit]
■5463,『中村ウサギー他者という病』ー1
〜『他者という病』中村うさぎ著
* 「私が私でなくなっていく」恐怖
去年、月刊誌『新潮45』で、彼女の手記にのめり込んでしまった。
シリーズとして後半に入っていたが、読んでいて何故か支障はなかった。
それが、一冊の本になったのを、先日、図書館で見つけたが、初めから
シリアスである。 <「私が私でなくなっていく」などという体験は、
そうそうできるものではない。ならば、それを書いていったらどうだろう>
と、筆先は力強く?進んでいく。 〜文章の出だしからして驚かされる〜
≪ 2012年の8月中旬、私は突然の病に倒れて入院し、約3ヶ月半の入院の間に
一度の心肺停止と二度の呼吸停止状態を経験した。病名はいまだにわからない。
主治医は「スティッフパーソン症候群の可能性あり」と診断したが、あくまで
可能性であって確定にはいたらず(というのも、その後の検査の結果、いくつか
当てはまらない項目があったからだそうだ)、とりあえず対症療法として
「ステロイド」や「ホリゾン」といった薬が投与された。
「スティッフパーソン症候群」とは、「スティッフー=硬直する」
「パーソン=人」という意味で、要するに「硬直する人」という病名である。
その名のとおり、入院してから私は日に日に身体が硬直してねじ曲がり、
激しく痙攣して全身に痛みが走るようになった。ついには立つことも歩くことも
できなくなって車椅子でしか移動できない身体になり、寝間着を着替えるために
看護師さんたちに触られるたびに激痛で大騒ぎするようになった挙句、ある時、
着替えの最中に突然死んでしまった。
「ホリゾン」という薬が投与されるようになったのは、この心肺停止と呼吸
停止の二週間後からである。この薬のおかげで突っ張り痙攣といった症状は軽減
したのだが、相変わらず歩くことは叶わず、退院後もしばらくは車椅子生活を
余儀なくされた。 しかし「ホリゾン」が効いたおかげで、その後、私が心肺
停止や呼吸停止に陥ることはなくなり、手が震えて食事ができないような事態も
徐々に改善されていった。
まあ、「めでたし、めでたし」と言いたいところではあったが、
じつはそう楽観的な事態でもなかったのである。
この「ホリゾン」という薬の副作用が、私にとっては大問題であった。
この薬は脳に作用して人格を変えてしまう、というのだ。
人格が変わったら、私は私でなくなってしまうのか?
「私」という自我は保ったままでも、周囲から見ると別人となってしまうのか?
想像するだに恐ろしいことであった。
「私とは何か」という問題をずっと追い続けてきた私が「私」でなくなったら、
私は何者を追えばいいのか、いや、それよりも、「ホリゾン」の副作用で
論理的思考力を失ってしまったら、私はもう思索のできない人間になるのか。
今までだってたいした思索はして来なかったじゃないかと言われればそれまで
だが、たとえ稚拙であろうとも、「考えること」は私の生き甲斐でありアイデン
ティティでもあったのだ。それを失うことは、ある意味、命を失うことより
恐ろしい。
だが、「私が私でなくなっていく」などという体験は、そうそうできるもの
ではない。ならば、それを書いていったらどうだろう。
「死の体験」と並んで、それは貴重なルポルタージュとなるのではないか?
と、そのように考え直してみた頃、「新潮45」という雑誌に、今回の話を書く
こととなった。私が「死」によって何を感じたか、薬の副作用で「自分が自分で
なくなっていく」ことをどのように実感したか… そのようなことを書ければ
本望だと思った。が、あいにく、薬の副作用による人格変容に関しては、本人に
自覚がないため、客観的にレボートすることはできなかった。ただ、今回の
単行本化にあたって読み返してみると、「ああ、この時の私は明らかに
おかしいな」と気づくことができる。読んでいて赤面することもしばしぱ。≫
▼ 青年期の落ち込んだ時、何もかもが虚無のような、得体の知れない心理に
陥ったことがある。自分の土台が消滅し、手がかりが全くない感覚である。
[5]続きを読む
02月29日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る