ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4913,世界の美しさをひとつでも多く見つけたい ー5
『世界の美しさをひとつでも多く見つけたい』石井光太著
この著書を読んでいて思い出したのが、以前に取上げた、
<京大工学部の新宮教授の「幸福の4階建て論」説。(古今東西の幸福論を読み漁った結果)
4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
2階:獲得した「快」を永続させる。
1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。>
『世界の美しさを一つでも・・・』の著者・石井浩太は、それが壮絶であるほど余計なものが剥ぎ取られた
人間の泣きたくなるほど、その美しさが浮上るという説に重なる。このルポも、時代の要請なのだろう。
ーまずは、その辺りを抜粋ー
≪ なぜ過酷で壮絶だったりする現場に赴くのか。それは過酷な現場であればあるほど、
「人間の美しさ」が見やすいからです。良心、善意、優しさ、強さといったものです。暗い場所であれば
あるほど、光はより明るく輝きます。それと同じで、悲しくてつらい世界だからこそ、人の優しさや
たくましさがより鮮明に浮き上がる。 たとえば、マドウと薬草売りの関係が、ニューヨークの高価な
私立病院の個室でくり広げられるお金持ちの病人と専属看護師のそれだうたらどうでしょうか。
高級病院の専属看護師は、コルカタの薬草売り同様にお金持ちの病人を必死に励まそうとしている
かもしれません。しかし「高額なお給料をもらっている」「最新の医療を受けている」という事実が
あることで、専属看護師の善意は見えにくくなります。 コルカタの路上で人間が裸同然でうごめく
ように生きています。良し悪しは別にして、余計なものが一切ないからこそ、薬草売りのマドウに
対する善意がはっきりと目に見えるし、それが泣きたくなるほど温かな行為として感じられる。
そして、薬草売りとしての美しさが鮮明に浮き上がるのです。私は先ほど「人生観が変化するような
感動を見つけ出したい」というようなことを書きました。過酷な現場へ向かうのは、そのためなのです。
厳しい状況の方が人間の美しさがより輝いて見えるのであれば、必然的に向かう先もそこになります。
過酷な現場を見たいから行くのではなく、より多くの人間の輝きを発見できるからこそ赴くのです。・・・≫
▼ 幸福の4階建て論に疑問が残っていたが、これを読んで、成るほど合点がいった。著者が、この論を
知っていたかどうかは知らないが、克服できない不幸も、見方を少し変えると、こうも違って見えてくる。
3年前の節目も、実際に経験をしてみて、それまでとは社会と人間が違って見えてきたのに驚いている。
死を悟った時とか、克服できない苦難や悲しみの中にこそ見える様ざまな感動が、人生観を変える。
逆に、ただ、思い込みの壁で、物事が全く見えてない人と、過っての自分の姿が見えてくる。
漆黒の闇の中こそ光は輝く!
ふと気づいたが、4F説の、1階が壮年までの生、2階が老年、3階が病気、4階が死ぬまでの葛藤?
で、屋上は死、自分から解放された無限世界! (一言多いが)平屋もマンションもある・・・
・・・・・・
4546,閑話小題 ー小学、中学校の同級会で、どうしてるの?
2013年08月27日(火)
* 小学、中学校の同級会で、どうしてる?
数ヶ月前になるが、家内が真剣な顔で、「中学の同級の女子会に初めて出席するけど、会社を興し、ワンマンで
好き放題のアナタが、話題が合わないはずなのに、何時もどうして時間を過ごしているの?」と、聞いてきた。
それに対し「殆ど毎年、出席して30数年、慣れがある。相性の悪いのは近くに来ないし、最初の30分さえ過ぎれば
『場』が出来るので、それまでの我慢。 早めに酔ってしまうのがコツだが、気を許さないで悪意の話に乗らないで、
ただ黙々と酒を飲む。話題が合わないのは当り前と割り切っている」と。「それにしては、毎回、いそいそ行くじゃない」
というので、「小中高校の集まりは魂の故郷。合う合わないでない。魂の故郷の温もりを味わうだけで充分良いもの」と。
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08月27日(水)
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