ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4892,定年後の4年目のリアル −2
「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著)
面白そうな要点が抜粋されてないかと、アマゾンのレビューを見ると、幾つかあった。
≪ ・「この先わたしたちはどうすればいいのだ、・・・というように具体的な方策を他人や本に
求める根性がすでにだめである、・・・「自分のリアル」は自分にしかわからない」(6~7頁)。
・「わたしのこころは基本的に幼少年期からずっとおなじものである。中年になってもこころはひとつ。
・・・わたしはこれを自分年齢だと考えるが、その中核は、多くの人にとっては少年期や思春期の
ときのこころのままではないのだろうか」(67頁)
・「社会的年齢と生理的年齢と自分年齢は絡み合い、相互に反発しあって一致することはあまりない。
そのときは一も二もなく、自分年齢を優先すればいいと思う。いいも悪いもない。そうするしかない。
基本的には自分の「こころのリアル」に従って生きていくのが一番である」(70頁)。
・「どんな立場もなくなるということが、これほどまで自由だとは知らなかった」(104頁)。
・「さみしいなあ、でもそれがどうした」と思うことである。これは「ありのままの自分でいいんだよ」
ではない。これが自分の現況である、というだけのことである」(153頁)。
・「つまらないことだが、三日間絶食をしてみた。結果、食は生活の句読点であり、
それが失われると一日はのっぺらぼうの時間になる。それが失われると生活の楽しさの
大半が失われる、ということに気づいた」(169頁)
・「わたしたちは自分なりのしかたで自分の生を生きるほかはない」(208頁)。
・「さて、ここでわたしは、「定年後、残りの人生をベストに過ごすにはどうしたらいいのだろう?」
という問いに対しては、たった一言でもって完璧無比に答えることができる。
「あなたの好きなように生きてください」である。 ・・・「好きに生きよう」である。
「好きでなくても、今の生活しかないのなら、それで生きよう、である」(213~4頁)
・「私が死んでも、・・世界にとってはまったく大したことはない。
この世はつねに生きている者たちのもの」(235頁)
食って、寝て、本(新聞・週刊誌・小説を含む)読んで、勉強(歴史、思想史、数学、等々)
して、AV観て、何か執筆でもし、たまには小料理屋で一杯やって、あるいは散歩や
旅行にでも行って・・・そういう生活に私は入りたい。≫
▼ 私が一番、実感したことは、「どんな立場もなくなることが、これほどまで自由だとは知らなかった」
である。確かに、少し寂しいし、肩書き無しの自分に向合うと、今まで如何に、その土台の上で
好い気になっていたかを、思い知ることになる。しかし、それも時間が解決してくれる。
ただ、突きつけられるのは収入が激減してしまう現実。仕事上を含め付合いなどの経費は殆ど
無くなるが、可処分所得も皆無になり、ヘソクリをしてない自分に後悔する。この辺りが、一番の
「定年後のリアル」の問題。次が、「自由の不自由」の問題。 何もかも自分で計画をたて、判断を
しなくてはならない。が、更に厄介なのが、今までの仕事の拘束に換わって家庭内の、それが
待っている。 で、偶然だが、去年の同月同日の以下の文に続く!
・・・・・・
4525, 生きる悪知恵 ー4
2013年08月06日(火)
「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
歯車の一つとしてのサラリーマンが、自分で商売をしてみたい気持ちも分からないでない。私が、ここで度々
取り上げる飼い犬、野良犬、狼、の例えがある。飼い犬がサラリーマン、野良犬は商売人、狼は一つの判断ミスで
餓え死ぬ作家・芸術家・政治家・創業実業家あたり。 その最もひ弱な飼い犬が、「定年間近に僅かな退職金元手で
何か商売」というストーリーに無理がある。それも小さいながらも創業など、土台無理。野良犬にも野生剥き出しで、
餌をあさる逞しさが必要だが、とっくの昔に去勢されている自分が見えない。そして出来もしない夢に憧れている。
それが、「あっぶね〜」のである。
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08月06日(水)
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