ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6271,閑話小題 〜情報の階層化について −2
英語という新しい教育を受けた明治の女性、野村みち。豊かな感性と柔軟性で、
真摯に、率直な心情を綴った世界旅行記。」 ーレビューよりー
《 元横浜YWCA会長を務めた野村みちの「世界一周日記」。若い頃から洋行に
 憧れを持っていたことが書かれていた。その「世界一周」は、1908年3月18日
から96日間にかけて行われた。冒頭に旅のルートが掲載してあり、米太平洋郵船
会社のモンゴリア号で横浜港を出港し、ハワイを経由し、サンフランシスコ、
ソルトレークシティ、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨーク、英国
ホワイトスターライン社のセドリック号で大西洋を渡り、ロンドン、パリ、
ローマ、ナポリ、ヴェネチア、ベルリン、サンクトペテルブルク、モスクワ、
シベリア鉄道を利用してウラジオストック、敦賀に帰ってくる世界一周旅行。
一行54名、女性3人。筆者の夫は、横浜の実業家・野村洋三氏で、外国人相手の
古美術商のサムライ商会を営んでいました。本町通りにあったサムライ商会は
横浜の古い写真集を見ていると必ず登場するようなエキゾチックでユニークな
外観をしています。258ページに写真が掲載してありますので。筆者の家族の
写真や世界一周時の集合写真も掲載してあり、文章だけでなく当時のイメージ
が理解できるようになっていました。旅行中の装いも和装で通す意味合いも
書いてあり、このあたりに聡明さが伺えます。アメリカのルーズベルト大統領
との謁見や、パリで名バイオリニストのサラサーテの演奏を聞いたことも記され
ています。 巻末に番外編として「野村みちとは」と題する生涯を、北川原美乃http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
さんが25ページにわたって紹介していました。戦後すぐマッカーサーが占領下の
日本で初めて接した民間人が野村夫妻だったことも書いてあります。
そのような生き方を貫いた女性であることが分かる書でした。》
▼ 100年前の96日間の世界一周日記、そこに女性が3人、加わっての旅行、
 それは大変だっと思われるが、幕末、明治初期の一女性の目で見た当時の、
外国への視線が面白い。長年にわたり、多くの人が様ざまな経験をして記録に
残されているのに、改めて感心する。情報端末がノートしかない時代に、その
人の記録が逆に、生々しさとして、後世の者の心に訴える。横浜で外国人相手
の古物商をしていたため、カルチャーショックは、さほど無かったようだが、
そうでなかったら、その参加自体してなかっただろう。ところで、居間の座椅子
の横に、二年以上も「世界の旅行記101」が置いてあり、毎日、数分間、読む。
2〜3ページに要約した101の旅行記が、それぞれ何人かが分担して書いてある。
ところが、どれもこれも、重いため、せいぜい、一日、数分しか読めないが、
それでも門前の小僧で、少しずつ、階段を下りるように、何とか読んでいる。 
それらから比べれば、ツアーで内容が軽いが、それ故に、親近感がわいてくる。 
世界は広く、それぞれ深い!

05月15日(火)
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