ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5751,マシュマロテスト 〜@
4289, 学ぶということ −3
2012年12月13日(木)
            「最終講義 生き延びるための六講」内田樹著
  * 教えたい人間が引き受けるべきリスク ー教育の原点
 教育だけでなく、事業も、忘年会の幹事も全てに通じる内容である。
何かを引き受けたり、事業を立ち上げたようと決心した瞬間から全うしよう
とする自己責任が起きる。これは誰の問題でなく自分の問題。決心と実践の
本質の問題。著者は教育者のため「教えたい人間」が主語だが、実は
「実践者としての人間」が、引き受けるリスクのテーマである。
  ー まずは、その辺を書き出して考えてみる。
≪ 教えるということは本質的には「おせっかい」だということが骨身に
 しみたのは、ある出来事のせいです。・・80年代の中ごろ道場を始めた。
台風がきて、一時間くらい薄暗い体育館の中でまっていたけど誰も来ない。
そこの道場の中に座りこんで、来るか来ないかわからならない門人が来るのを
待っている。これは理不尽でないかな、と。「だいたい、ただ同然のすごい
安い月謝で教えているのにさ、ちゃんと来いよな」と思ったり、だんだん気分
が沈んできた。そのときに体育館の鉄の扉がガラガラと開いて、近くの中学生
が顔を出した。「あ、先生いたんだ。今日台風だから稽古ないのかと思った」
「台風でもやるよ」。それから二人で一時間くらい稽古をしました。
そのとき、外で嵐が荒れ狂う暗い体育館で腕組みしながら、誰も来ない畳の
上に座って待っていたときに、僕は覚悟したんです。人に教えるって、
多分こういうことだろうって。誰も「教えてください」と言ってこないけれど、
こちらが「教えたい」と言って始めた以上、教える人間はこのリスクを引き
受けなければ! そう思ったんです。誰かが扉をあけて来てくれるまで、
待ってなければいけない。畳を敷いて、準備体操をして、呼吸法もして、
いつでも稽古できるように備えていなければならない。それが「教えたい」
と言った人間の責任の取り方じゃないか、と。そのとき、教育というのは
多分そういうものと思ったのです。27・8歳の頃でしたが、気持ちは
今でも変わっていません。それが僕のなかの起点的経験としてあるのです。≫ 
▼ 新潟で30年近く前に立ち上げた会が、今でも続いている。私は10年ほど
 前に抜けたが、先日、参加してきた。私の経験からして幹事は大変。
これを立ち上げに際して、3年は続ける!が、後は成り行き次第と決心をした。
最初は我慢我慢の連続。「荒れ狂う、体育館で腕組み」なんてものでない。
その会を利用してやろうという気が全くないため、逆に欲が見えてくる。
それも土足で平気で上がりこんで来る。「私は来てやっている」というのが
丸見え。その我慢そのものが修養になったが、「自分が引き受けたからには、
やるしかない」と続けたが・・ 慣れると、その我慢も面白くなる。
何も知らず参加している方々は、私は鼻持ちならない傲慢な場所貸しの男で
しかない。そして30年、時代は大きく変わった。 事業も同じ。これは
己の魂の問題。生きんがため、そして自己実現のため、リスクを背負い、
心の奥底は半狂乱。それを隠し、ひたすら思いの実現のため手順を踏む。
起承転、の後に待っていた「結」は、経済大震災。40年前に事業を始める
にあたって、全てを失っても後悔はしないと何度も心に誓ったので、
後悔の念は無い。リスクに、普通のリスクと震災型リスクがあったのだ。

12月13日(火)
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