ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5374,閑話小題 〜お金のいらない快適生活
していた。品性が良いだけでなく、バランス感覚が違っていた。この年齢になって
から、若いときに出会ってきた人などを改めて照射してみると、全く違った基準で
みることになる。品性だけは、隠しようがないもの。やはり、家柄や、生まれ
持った本人の性質があるようだ。なるほどカントがいう『良心』が親から
受け継がれてきた人と、その逆の人とでは、長い人生で大きな差が出るもの。
それが端的に出るのが、酒癖、女癖である。
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3162,人生に関する小題
2009年12月01日(火)
* 人生は玩具箱
「人生とは畢竟、運命の玩具箱だ。人間とはその玩具箱に投げ込まれた人形だ。」
(有島武郎) 言いえて妙である。 そこには、これまで乗った車、住んだ家、
他の人形もある。「玩具の喩えを他人に喩えるのは問題である」と、いうのは
別の機会にする。そこで「人生は宝箱」という言葉が思い立つ。(恐らく誰かが
比喩をしているはず)行蔵の一つ一つが宝とすると、幾らでも宝はある。
それでは「人生はゴミ箱」というと、それほど無いのは、無意識で自分の心を
コントロールしているためか?そうでもないか?お宝は、心の底から感動した
こと、全身全霊で何かに打ち込んでいた時と事をいう。反対にゴミ箱は中途半端
な時間を過ごしていた時?無駄も必要だから、それは違うか。
* わたしは地上でたった一人になってしまった
「孤独な散歩者の夢想」は、64歳のときに書き始め2年後の死ぬ直前に終わった
文章、ルソーの絶筆である。「第一の散歩」から「第七の散歩」まであり、
その後は「八、九、十」がメモのような文章が続く。 冒頭で、「こうして
わたしは地上でたった一人になってしまった。人なつっこい人間でありながら、
万人一致の申合で人間仲間から追い出されてしまったのだ・・
わたしは、かれらから離れ、すべてのものから離れたこのわたしは、いったい
何者か」と問う。「自分に残されたことは、すべての世間から放逐された
自分はいったい何者なのかを探求することだけなのだ」と自覚する。私の周辺で
倒産時の男たちの気持ちは、まさに、このようだろう。多くの取引先、そして
部下を路頭に迷わせ、自分の存在の卑小さと、嫌らしさに自己嫌悪を一人する。
自分は何者なのか?ただ、歩くこともままならぬ、折れてしまった、これ!
*「人生は軍務のようなもの」と考えれば楽
エピクテートスの「人生談義」の中に、以下のような言葉がある。
《 人生は軍務のようなものであるのを諸君は知らないか。 或る者は歩哨を
やらねばならないし、また或るものは戦うために出て行かなければならない。
(字数制限のためカット、11年12月01日
12月01日(火)
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