ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5177,閑話小題 〜ミニマリズム
能力が自分自身から与えるもの」とはいったい何なのか。それは感性と悟性。
・感性とは、見えている素材がいろいろな形で心に受容される能力というほどの
 意味。 感性は五感を通じて現われたもの、すなわち現象を捉えます。
 このとき、感性は時間と空間という内なる形式にしたがって現象を整理して
 見ています。時間と空間というこの形式は、人間の感性の中にあらかじめ
 備わっている先天的なものである。
・この現象から得た情報を整理して判断するためには、もう一つの理性、
 「悟性」がここで必要となる。悟性とは、大雑把にいえば、「理解する能力」。 
 少し丁寧にいえば、能動的な思考・判断能力となります。さらにわかりやすく
 いえば、「現象に規則を与える能力」だといえます。この結果、概念の骨格が
 一つずつ出来てきてそれに肉付けをしたものがイメージになって出てくる。 
 受け取った概念はたとえていえば、骨格標本のようなもの。これに対応する
 イメージを生み出すのが、我われの人間の「心の内奥に隠された技術」
 すなわち構想力だといいます。
・我われは日常的なこと、目に見えることだけを知りたがっているわけでは
 ありません。「愛とは何か」「神はいるか」「何が善で何が悪か」といった
 ことを知りたがる。 カントによれば、これら形而上の事柄に関しての担当は
 悟性ではなく、理性であるといいます。感性と悟性は現象まで扱い、それ以上
 のこと、すなわち現象の原理については理性が扱うのである。
「霊魂は単一か否か」は昔からの馴染み深い疑問でした。 しかし、これこそ、
 という答えはありません。霊魂は現象として目に見えるものではない。
 しかし、理性はこれについて考えてきた。つまり人間の理性は、感性や悟性が
 感知できないものについて、思考をめぐらすことが可能である。 しかし、
 カントは、そこで面白い結論を出したのです。すなわち、認識の限界を超えた
 ことを思考すれば、必ずや二律背反に陥るということである。 二律背反とは、
 互いに矛盾するということ、互いに矛盾しながらも互いに反駁も出来ないこと
 を言います。どうして、こういうことが起こるのか。 感性も悟性も到達
 しえない理念について理性が考えても、その考えは認識できるものではない
 ということです。  ≫
▼ カントの認識に関するエキスの部分を非常にわかりやすく噛み砕いてある。
「・現象を時間と空間の中で対象として感性で捉え、・悟性で、その対象を
 整理をし、・思考して(判断を加え)、・理性で原理を求める」ということが
 認識としている。非常に分りやすいカントの認識論である。
・・・・・・・・
2965,世界はパンデミックに入ったのか! ―2
2009年05月18日(月)
 * パンドラの箱が開いた!
ついに国内に新インフルエンザの感染者が出て、そして拡大が始った。
時間の問題ではあったが、これからは何処まで感染者が増えるかの問題になる。
感染者が増えていく過程で、菌が悪性化するから問題。予測どおりにゴールデン
ウィーク明けの10日足らずで、日本も世界並みに感染が始った。
問題は高校生であるところ、多くの生徒の間に感染している可能性がある。
更に家族などからネズミ算的に感染してる可能性がある。 スーパーや電車など
人混みの多い所は要注意。マスクは殆ど感染に効果がないというし、
よく手を洗うしか予防がない。ウガイは10分以内の菌にしか、
効果がないという? しないよりは、良いのだろう。  
 (字数制限のためカット2011年5月18日)

05月18日(月)
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