ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5128,閑話小題 〜副操縦士の心の闇
以上のものではない。むしろ大事なのは「何か」のほうであって・・
モーツアルやショパンが作曲そっちのけで健康法に没頭して長生きして孫に
囲まれゲートボールを楽しんだとして、後代のわれわれにとって何の意味も
ないし、彼等はモーツアルトでもショパンでもない。さらに、言えば、
古今を通じて健康法や医療によって最終的に死を免れた者は絶無である。
▼ 現在も健康法を色いろ続けている。ウォーキングは30年近く続けているし、
健康食品も幾つか飲み続けている。しかし、「そんなものは御守りでしかない」
「それを続けていることで安心しているに過ぎない」とまで言うのか。
私は、もしウォーキングを続けていなかったら、間違いなく高血圧などの
成人病で、死んでいるか、重症になっていると、今でも信じている。しかし、
それをしているから少し不節制をしても大丈夫という慢心が出ることも事実。
「酒飲まず、煙草も吸わずに、百まで生きた馬鹿がいる」というが、
「酒を飲み、煙草を吸って、百まで生きた奴がいる」になる。実際は、やはり
不摂生をした方が早死している。ストレス解消に、徹夜で煙草を吸いながら
マージャンしている人に、癌や高血圧になる人が多いのは誰の目にも明らか。
それで死んでも、死ななくても、その程度でしかない?ということか。
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2916,とんでもないことなんだよ!
2009年03月30日(月)
(字数制限のためカット2012年3月30日)
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2552, アランの幸福論
2008年03月30日(日)
「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、
そしてアランがある。 この3つは世界の三大幸福論と言われている。
アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。
1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を
書きつづけ、このコラムは「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、
第一次大戦が勃発する1914年までにこうしたプロポを3078編、さらに大戦後に
約2000編を新聞や雑誌に書けた。健全な身体によって心の平静を得ることを
強調。全の不運やつまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。また社会的
礼節の重要性を説く。「幸福であることは他人に対する義務である」
「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自分が
幸福になることである」「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。
自らよじ登っていかなければならないのだ」「上機嫌療法を行うと、物事を
気持ちの良いシャワーのように受け流し、筋肉をのばししなやかにし、食欲が
すすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」「もし道徳論を書かねば
ならなくなったら、私は、上機嫌を第一位におくだろう」「新年の贈りもので
私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、貰ったりすべき
ものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。これこそ、
交換によって増大する宝物である。あなたがどこへ投げ捨てても、それは芽を
出し、花を開くだろう」「運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間
にも、新しい世界が生まれているのだ」「嘆きも悲しみも、鳥と同じ。
ひょいと留まっては、飛びさっていく」「まず自分がほほえまなくて、
(字数制限のためカット2011年3月30日)
03月30日(月)
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