ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5114,カエル男の末路 −1
 この本、何を言いたいのか何度も目を通したが、よくわからない。
二人が対談をしているわけでもなく、対策を述べているわけでもない。
イギリスを中心とした欧州はダメ、アメリカは終わった。
中国もアメリカ目当ての輸出がダメで内需を目指そうとしているが、
日本でさえ輸出頼みを克服するため内需拡大を目指したがダメだったのに、
中国が成功するわけがないと切り捨てている。「この10年間は大恐慌で
大混乱、失われた10年になる」と結論づけている。 
甘い期待は無理ということである。
 ・・・・・・・・
2902, 脳と仮想  ー2
2009年03月16日(月)
     「脳と仮想」茂木健一郎著    ー読書日記
 ー印象に残った部分を抜粋してみるー
・広大なグランドキャニオンの前に立とうが、北極のオーロラを見上ようが、
体験する広大の光景は全て脳内現象である。世界に脳だけあるといっている
のではない。そんなことは当然のことだが、外部から入った刺激に基づいて
脳のニューロンが活動しなければ、我われは広大の宇宙を表象することは
できない。逆に、もし広大な宇宙が無くても、脳の中でニューロンがある
時空的な様式で活動すれば、私たちは広大な宇宙を表象することになる。
もしそうなら、逆理が浮かび上がる。もし私たちが体験することが全て脳内
現象なら、私たちは何故、広大な宇宙を思い浮かべることが出来るのか?
いかに、私たちの思い描く世界は、脳内現象として一リットルの空間に閉じ
込められていながら、無限定の空間を志向することができるのか? ・・
「熊本より東京の方が広い。東京より日本のほうが広い。日本より・・・」
で切ったが、三四郎に男はいった「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と。
・「真理がどこにあるかといえば、それは仮想の世界にあるというしか言い
ようがない。どこかの博物館に、これが真理でございますと飾ってあるわけが
ないのである。私たちの精神の中枢に仮想がある。そのように考えると、
「見る」ということの本質も違って見えてくる。
・現実のどこにもない仮想は、現代人の心の中でも中枢の位置を占めている。 
私たちの精神は、頭蓋骨の中の「今、ここ」の局所的因果性の世界と、
「今、ここ」に限定されない仮想の世界にまたがって存在する。
私たちの精神は、本来的に二重国籍者。
・脳内に閉じ込められているだけでなく、心の本質的な属性をとらえた概念が
「志向性」である。志向性とは、心が何かに向けられた状態をいう。
・私が恥じたのは、人間がそもそも生きものであり、それであるがゆえに、
厳しい生存条件に置かれてきたことを理屈で判っていても、感覚的に忘れて
いたことである。つまり文明に飼いならされていたのである。
真実は恐ろしい姿をしている。 人間は、なぜ、「平和」という仮想を
生みださなければならなかったのか。「愛」という仮想を生み出さなければ
ならなかったのか。平安仏教を特徴付ける「極楽浄土」というヴィジョンは、
どのような生の必然性から生み出されたのか。・・ 私たちの意識の中で
生み出される様々な仮想は、このうえなく厳しい人間の生存の中で、私たちの
心が傷つき、その傷が治癒される際に放射される光のようなものはなかったか。
▼ 考えてみたら、自分に対しても、頭に浮かんで考えている相手にしても、
 社会も、全て「仮想」でしかない。「精神の中枢に仮想がある」と自覚
すると、良きにつけ悪くにつけ仮想している自分を見ている自分も仮想という
ことに気づく。自分の頭蓋骨の中の一リットルの脳は自分でさえ得体の
知れない世界である。
・・・・・・・・・
2538, 一神教vs多神教
2008年03月16日(日)
   (字数制限のためカット2015年3月16日)

03月16日(月)
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