ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5066,閑話小題 〜何気ない一日の使い方
逆に先手爆撃の絶好のチャンスである。 この数百年に一度の大断層の時期に
何が起きても不思議ではない。 アラブにとっても、吹き荒れている動乱の目を
ペルシャ湾に向け、その間に、弾圧する機会になる。そうこう考えると、
ユーロ危機も重ね合わせて日々、際どくなっている。
それに対し、日本の政局は内輪もめで、低次元。
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3594, 教養とは何か?
2011年01月27日(木)
これまで、何回か教養について書いてきた。一番に納得したのは
「18歳までに洗脳された思い込みから自由になるための知識と経験の蓄積」。
塩野七生著の「生き方の演習」の中に次のような一節があった。これも面白い。
「生き方の演習」 塩野七生著 P−45
≪ 立花隆さんが東大で「東大法学部の学生は教養がない」と言ったら、
法学部の学生たちが、「先生、教養とは何ですか」と問い返したそうで、
それに怒って、彼の考える教養とは何かを『文藝春秋』にかいたんです。
立花隆さんは私の友人でもあり、たいへんに尊敬しておりますが、やはり考えが
違う時は違う。彼は「教養はまず役に立たないものである」と言っていますが、
これは、私に言わせると十九世紀的な教養の概念だと思うんです。十九世紀と
いうのは、ヨーロッパの有産階級ができ上がった時期。その人たちは有産階級
ですから、お金があって、家もあった。働く働かないにかかわらず裕福だった
わけです。そういう人たちが、「教養は役に立たないものである。しかし、
教養は大切である」っていうことを言っていたわけです。けれど、私の関心の的
である、それよりも以前のヨーロッパへ行きますと、そうではないんです。
たとえば、ルネサンス時代には、教養というものは役ところが、ルネサンス
時代は、専門の技術だけではだめだったんです。当時、フィレンツェでとくに
盛んだったのが工房でした。ミケランジェロもそこで修業しているし、
レオナルド・ダ・ヴィンチも工房の出身です。だけど、その工房では、ひとつ
だけを専門にやっていたのではだめなんです。そういう人は助手の助手の助手
ぐらいの地位に甘んじるしかなかった。彫刻家であっても、画家などの仕事にも
通じていることが要求されたんです。というのも、彫刻でも、画家的な視点で
人間を見れば、また別の見方ができると考えたわけ。・・つまり彫刻では、
建築家は、彫金家ではどんなふうにするか、とすべてを押さえると、今度、
絵を描く時、それまでと違った絵か描けると、彼らは思ったわけです。
そういうルネッサンス時代の教養が、教養の原点だろうと考えるのです。
▼ 一つ穴を深く掘ろうとしたら、穴そのものを大きくするか、それなりの技術
と道具が必要になる。ダ・ヴィンチが、あらゆる分野に精通していたのは有名
だが・・ 地球に何をするため生まれてきたか?の問いに、「世界を知るため、
その人しか創れないものを創ること、そして子孫を残すこと」と答えが出るが、
「その人しか残せないものを残したとしても、千年、一万年単位でみれば、
泡でしかない。それを悟ることが教養」が、今日の落ち!
01月27日(火)
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