ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7020,閑話小題 〜持って生まれた気性
遠くの席に、武澤ゼミの武澤信一教授の姿が見えたので、
隣席に座って、思い切って一方的に話しかけてみた。
≪ 先生が亡くなられて20年近くになります。
武澤ゼミの一年間の思い出は、 何もかもが新鮮でした。
・八王子のゼミ・センターでの泊りがけのセミナー。
・NECのコンピュータ工場訪問。
・出光の造船工場の作業現場での組織を一望する体験。
・自由課題の「卒論」に四苦八苦した経験。
・一年に及ぶ、ケース・スタディの討論会。
様々な企業内トラブルのケースの現象を一次とすると、その背景に、
二次、三次の構造と背景を洞察し、対策を立てる手法を、一年間かけて
学んだことは、何によりも変え難い経験になりました。仏教語で、それを
「真・仮」とも言いますよね。現象を「仮」、二次的構造を「真」と。
ゼミを終えて部屋から出たとき、目のまえが黄色に見えていました。
人事管理は、それほど、重い仕事ということですよね。
地頭で考えぬく訓練は、戦場の真中で出来ても、なかなか出来ること
ではありません。創業は、正に、その都度、目の前に現れた困難に対し、
その背景にある構造を直感し、手持ちの材料を組み立て変えて、新たな価値
を作り上げることでした。としても、ドン・キホーテのような、己の姿を
思い出すたびに、赤面しています。先生が亡くなられ、その後、暫く出席
していた奥様が亡くなられた現在も、年に一回、ゼミ出身のメンバーが経営
する赤坂見附のフランス料理店で、数十人が集まって、生前のまま「偲ぶ会」
に変わって今でも開かれています。
ホテルを開業後、一度、新潟の何かの学会のおりに、泊まっていただき、
古町で語りあかしたことが、今でもハッキリと憶えています。≫
ー
▼ <ところで、この宇宙船内とは、何なんでしょうか>という先生の問い
かけに、<何なんでしょうか〜>と、赤面する私。父親と、武澤先生が、
私の陰として、「馬鹿なお前は、ひたすら、挑戦と、変化と、己の無知との
闘いを続けるしかと、凝視しているような。で、独り、早朝に、こんな
瞑想をしている。
・・・・・・
4461, 99・9%は仮説、ですか〜 −3
2013年06月03日(月)
「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
* 第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく
自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」
という根源的問いかけになる。しかし、自分の思い込みに気づかない限り、
それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した
思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考え
ようがない。とはいえ、その事実、真実も、思い込みとすると、その立つ場が
なくなる。 ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー
≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。
逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、思いこみでものを
いいます。では、天才でないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた
仮説をはがせばよいのでしょう ・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある
仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。
われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になり
たっている。「裸の事実」などない。データーを集める場合も、やっぱり
その仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈
するわけです。ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な
世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエータを目撃しても、
「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の
良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。でも本人には意図的に事実を捻じ
曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られている
ことに気づかない。天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついて
いる仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる仮説に
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06月03日(水)
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