ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6715,閑話小題 〜私も、あと一年で後期高齢者
たちを中心にして善悪を定めた。つまり、自分たちの気質や行為を「善」とし、
そこから遠ざかっている行為を「悪」とした。これはもちろん遠近法的な思考
から生まれたものだ。貴族のような力を持った者たち、いわゆる強者から生まれた
道徳を、ニーチェは「君主道徳」とした。ちなみに、現代では辞典に採用される
ようになったこのドイツ語は「主人のモラル」とも「支配者のモラル」と訳すこと
ができる。それと対立する支配される側の者たち、いわゆる弱者たちから生まれた
道徳、キリスト教道徳に代表されるようなものを「奴隷道徳」と名づけた。
こちらの原文のドイツ語は文字通りに「奴隷のモラル」と訳せる。 ところで、
こういう名称からくる印象によって現代のわたしたちは二ーチェは差別主義者
のように思えるかもしれない。しかしニーチェは、どんな道徳にしても遠近法的
な思考から生まれたものだということを述べているのだ。つまり、どちらも真の
道徳だというわけではない。それどころか、真の道徳というものなどなく、
あるのは何を自分たちの道徳にするかという遠近法的解釈だけ。
道徳はその時代の文化、その土地の文化から生まれ、それゆえ多様だからだ。
この地での悪とみなされる行為が、別の地では悪ではないことは往々にしてある。
たとえば、古代においては人間を殺して神への供え物とする風習の地があった。
これは悪習ではなく、宗教上の道徳的義務でもあったのだ。
ールサンチマンー
どんな道徳も当時の遠近法的思考から生れたものだとニーチェは認識しながらも、
やはりキリスト教道徳に対しては嫌悪感を見せている。なぜならば、キリスト教
道徳は恨みから発したものだからというのだ。この恨みはルサンチマンと呼ばれる。
強烈なやっかみ、屈折した逆恨みのニュアンスを含ませるためにルサンチマンと
いう語を使ったのだ。 モラルなど最初からなくて、あるのは何を自分たちの
道徳とするかという遠近法的解釈だけなのだ。
ニーチェは、キリスト教道徳の生まれた紀元の時代の人間関係にこの道徳の
発生の原因を見た。つまり、ローマ帝国が地中海を中心にヨーロッパのほぼ全域
から北アフリカまでを支配していた頃である。当時、ユダヤ教徒は支配される側の
民族の神だった。ユダヤ教徒の右派はローマ帝国に対して三回も戦争をしたが、
戦闘技術にたけたローマ兵にかなうわけもなかった。≫
▼ ニーチェは、何も考えないキリスト教を妄信している穏やかな平民を、まず
槍玉にあげた。恨みから発したルサンチマンを「支配者のモラル」として徹底的
に否定。そして神にかえ、「超人」を置いた。キリスト教社会では、否定されて
当然である。これこそ、ニーチェの真髄である。
08月04日(日)
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