ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6649,閑話小題 〜父親の命日にストーンヘンジの話
 それでも、資産管理は、手堅くしており、何とか戦中、戦後の混乱期を、
何とか乗り越えていた。その幼児体験を、そのまま書けば、これほど面白い
舞台と物語はないはず。「すざましい!」の一言。 父親は二代目だが、私の、
この随想日記は、まさに悲しいかな、<売り家と唐様で書く三代目>の現代版
と自覚をしているが、実家文化のお陰で、何とか軟着陸をすることが出来た。
しかし、人生を十分に楽しんだことだけは、両親に負けてない。これ、負け犬
の遠吠えか! 45年の事業人生を十二分に楽しんだのだから、両親も許す?
「日々、是、口実」ということ! そういえば、母親に晩年に聞いた逸話。
<父親が徴兵されたが、肋膜で、除隊をされた。今さら、地元に帰れなく、
 東京の同業者の一間に、一年間、居候していたことがあった> という。
父は一切、その話をしなかったが、他人には言えない話は、誰にもある。
父親に魂を通して『これ、話してよいか』聞いたところ、
『娑婆のことは、娑婆で判断して良い。死んでしまえば、そこまで、
此方は、此方の世界がある。』という。そう悪いところではなさそうだ。
それも、これも妄想でしかないが。 さて、花を買って墓参りだ。

・・・・・・
5189,閑話小題 〜父親の42周期に
2015年05月30日(土)
   * 父親の42周期に
 毎年、父への想いを書いた内容を読み返すと、年齢ごとの思いを書くこと、
書き残しておくことの秘儀の意味が見えてくる。父親の亡くなった年齢に、
あと二年でなる。 余命が少ないことを悟って死ぬまでの生き様、死にざまを
通して多くのことを学ぶことが出来た。 死んでしまえば、いっさい無。
物や金を残したところで、あの世に持っていけるわけでなし、あるのは暗黒の
死の不安と、人生の後悔。死を前にすると、世間とかいう壁がうき上がってくる。
そして、それが如何に、他愛がないものと思えてくる。 あの超保守的な父が、
何を思ったか、『赤旗』をとって読み始めて、自民党批判を始めていた。
それと、死に関する予備知識の絶対量が必要ということも痛感した。しかし、
誰も『自分が死ぬ!』とは思わない。『他人は先、我はあと』と確信している。
あの時の父の激しい生への希求が直接伝わって、「当りまえの、先ある人生が
いかに素晴らしいことか」を思い知った。亡くなる直前に、『良い人生だった。
全く同じ人生を、もう一度生れ変って生きたい!』と母親に話したという。
考えつくした上での人生賛歌の総括をしたのである。 で、死に際の苦痛は例外
なく悲惨そのものだった。私のような大酒飲みは、リンゲルの効きが悪いそうな。
晩酌に缶ビール5本飲んでいた友人が先年、亡くなったが、それは酷かったとか。
                           さて、墓参りだ! 
  * 久々のジョーク
・「おい、見てみろ、日本の総理大臣が共食いしてるぞ!」
 「はぁ? 中国人じゃあるまいし、何を食ってるんだ?」
 「アメリカンドッグさ。」
・なぜ手術室から逃げたのか、お話しいただけますか? 
 病院の理事が患者に尋ねた。 なぜって、看護婦が
『大丈夫、盲腸の手術はとても簡単なのよ!』って言い聞かせたんです。
 それで… 「彼女はね、それを先生に向かって言ってたんですよ!!」
・・・・・・
4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期
2014年05月30日(金)
    * 今日は父親の41周期
 5月30日は父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、
似ていることを繰返し偲ぶことになる。歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、
ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 
人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。
その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 三年前の会社整理もあって、
父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常について
まわっていた。内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を

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05月30日(木)
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