ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6243,閑話小題 〜「オクサーの姫」
みなければ分からないのである。人生は、経験を通してその深みと広さを増す。
自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、暖め
なおすことしか、事実上何処にも存在をしない。良質な経験の積み重ねこそ、
人生を豊かに、実りあるものにする。
ー 第一章 経験 の中より ー
哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。
・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。
したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、
まったく予測することができない。
・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験
するまでは、当の事柄を知ってなかったことを痛感させられるわけである。
つまり私たちは徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、
とガダマーは断じる。
・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の
幻滅を伴うものである。かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語った
ように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。それが経験ということ
であり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。
要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての
計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、徹底的に思い知らされるわけ。
実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の
人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生
というものはない。私たちは、経験において初めて、自己自身と宿命的に向き
合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。
▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。
その境界が自分の限界であった。だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して
行動することが、自分を広く深くする。「自分を見つめる」とは、自分の経験を
見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を
踏む事であり幻滅を伴なう。 とはいえ、落語の与太郎では?
・・・・・・
5511,閑話小題 〜二年で円の通貨量が二倍になったが 〜A
2016年04月17日(日)
去年の[2015年04月12日(日)}に以下のテーマで書いた文章が、数日前、
目にとまった。そういえば一ヶ月前、「通貨量が三倍になった」との
ニュースが流れたから、この一年で、1・5倍の通貨量になったことになる。
問題は、通貨量を三年で三倍にしても、デフレも景気も浮上しないこと。
預金総額が1700兆円に増加したが、それは平均であって、一般大衆の預金が
増加したのではなく、あくまで一部の富裕層だけ。
〜まず、去年のコピーから〜
【 * 二年間で円の通貨量が二倍に!
二年前、日銀の黒田総裁が、「2012年末に138兆円だった資金供給量を14年末
には約2倍の270兆円に拡大。長期国債の購入量も2年で190兆円と2倍強にして、
上場投資信託などリスク性資産の購入も増やす。インフレターゲットは2%。」
と発表した。ところが、先日のニュースで、「2年間で円の通貨量が2倍に
なったが、インフレ目標の2%はゼロのままと、日銀が公表」と報じた。
リーマンショック後、米国は数ヶ月で二倍、現在は三倍以上にドルを増刷、
為替相場が3分の1になったかといえば、7年前と同じ。
日本の供給量は2年で二倍。しかし為替相場は3分の2。株価は安倍首相が
就任した2012年12月26日の終値は1万0230円36銭だから、2倍になった。
日本も米国も通貨量を2倍にしたにも関わらず、インフレにならないところが
摩訶不思議。アベノミクスは中長期的にみて明らかな失政が見てとれるが、
保守本流の頭脳は膨張以外、考えが至らない。「後は野となれ山となれ」である。
現在は太平洋戦争突入の数年前の様相と似ている。家内を見ていると、物価の
値上げに対する反応に敏感だが、これは一般主婦の趨勢。スタグフレーションの
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04月17日(火)
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