ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6231,閑話小題 〜遊びについての断章
高杉晋作の辞世の歌である。彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼
(福岡の女流歌人)が受けて、「すみなすものは心なりけり」と下の句をつけた
というが、成るほど上手い歌である。いずれにしても、ゲーム化した段階で、
自分を客観視する冷静さを持つことになる。何が起きても「その時は、その時。
それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に語りかける冷静さこそゲーム化で
身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、全く下手なゲーマーの自分
が見えてくる。そういえば、最近、「人生ゲーム」というゲームがマスコミで
話題になっている。ウィキペディアによると、
【原型は1860年ごろ、イギリスの印刷業の社長Milton Bradleyによって考案
された「The Checkered Game of Life」。日本版は、1968年、株式会社タカラ
(現タカラトミー)から発売された。タカラトミーの発表によると、日本版の
累計出荷数は 1000万個を超える。 ゲームシステムは、双六の発展形。
ゲーム序盤のルーレット目によって「人生の筋道」が決まり、その後の人生が
左右されていく。プレイヤーはサイコロではなく「ルーレット」を回し、
人の一生になぞらえたイベントをこなしていく。現在でも改良版が発売されて
いる、息の長いゲームである。】 面白そうなので、一度試してみたいもの。
・・・・・・
2017/10/02
閑話小題 〜「遊び」の意味合いとは
<意味としての心〜「私」の精神分析用語辞書ー北山修著>
*「遊び」の意味合いとは
「遊び」については、数多く読み、ここで書いてきた。『夜と霧』の著者、
フランクルの、<人生の要諦は「よく遊び、よく学び、よく働く」にある>
に納得し、また身近では両親の生き様の後ろ姿をみて、バランスをとって
生きてきた。 想い返せば12歳頃までは無心に遊んでいたが、中2後半から
受験勉強に重心を移動、暗い受験生になっていた。
そして20歳から将来設計を考え、両親に倣って「創業」を目指す人生を
考るようになっていた。その翌年、「30日間・欧州一周旅行ツアー」への参加
で人生観が一変。 当時の海外渡航は20万人。殆どがビジネス関係者の中、
当時の私の精神的体力では極限?であった。一ヶ月で当時の40万、現在で
350万を遊びに費やした経験は甚大。旅行先の大自然、文明、文化との邂逅に、
何度も絶頂体験をしていた。腹の底から笑ったり、感動したのは幼児期以来、
いや初めての経験である。世界は想像を絶した広がりと、深さがあることを
実感した。それまでの世界認識は何だった? 「遊び楽しむこと自体が目的」
の意味合いを僅か1ヶ月で実感してしまった。「絶頂体験を求め、ひたすら
努力し続けること。その為に、「良く学び、働く」こと。その「良く」には、
目的地と、「遊び、学び、働き」のバランスと効率を良くすること。
年齢を積重ねるにつれ、「より資金を貯めておけば、もっと働いておけば!」
よりも、「もっと遊んでおけば良かった!」と思うのが人間の常。
つい最近まで、「勤勉・勤労」の反対語が「遊び」の宗教的な意味合いが
強かったが、今では、「健康や創造性の原点」に位置づけられ、
<車のハンドルとタイヤ間の「遊び」のような「ゆとり」「自在さ」「自由」
な遊びとして認められ、強調されるようになっている。
「ハレ」と「ケ」が、交替するように働いたり、遊びこそ、効率を上げる
楽しい人生の必要条件、絶対条件として… >
情報化社会の中で、知識と経験は益々膨らんでいく中で、狭い肉体と柵に
縛られ、心は自由を求めて悲鳴を上げている。それを開放してくれるのが、
「至高体験」。この上ない感激、感動体験。これは映画でも、絵画鑑賞でも、
音楽会でも可能。その感受性の鋭敏さは、それらの経験の蓄積から生じてくる。
そのためには、極限に自分を置いて追い求めなければなるまえに…
真剣に遊ぶのも、ちゃらんぽらんに遊ぶのも、お好みによる。
04月05日(木)
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