ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5680,瞑想とは 〜1
弱肉強食が社会の発展の原動力なら、貧富差の収斂は、人類の永遠の課題。
・・・・・・
4208, 異郷日記 ー三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈
2012年10月03日(水)
* 三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈 「異郷日記」西江雅之著
何処にでもありそうな話だが、フィールドワークの言語学者が書くと、
これほど面白い物語になる。私の去年春の見切りに対する尾ひれ羽ひれの話も
大方、想像できる。だから城下町の地元に帰って来てからは徹底的なアウト
サイダーを決め込んだのは、そのためだ。片田舎の城下町‘蝦蟇屋敷’
界隈の話の縮小版が、そのまま以下である。 ーその辺からー
≪ その後、わたしは"なごみ"の常連のようになった。掘っ立て小屋といっても
よいような雑な造りの店内には、粗末な木製の椅子がわずか七つ、いつも下駄
ばきの大塩さんがカウンターの内で、ガス台の傍に置いた小さな椅子に俯き加減
の姿勢で座っているだけで満杯といった極く小さな店である。
客層は平均年齢五〇歳。なかには口の悪い強烈な酔っ払いも多かったが、
誰もが一国一城の主を自負しているような人物で、政治や文学、演劇など
について、相手構わず勝手なことを話していた。 ・・・(中略)
その"なごみ"の大塩さんが店からブイと姿を消したのは、わたしが蝦墓屋敷
に住みついてから数年経ってのこと。常連の一人から聞いた話では、ある夏の日
の夕方、一杯飲みに行こうと思い立って店に行くと、入り口が閉まったままに
なっている。しばらく時間をおいて再び店に行っても、入り口は閉まったまま。
休業の張り紙もなく妙だと思ったという。その数日後、大塩さんは幾駅か離れた
町の病院で発見された。彼はそこで亡くなったのである。身元が分からない
まま亡くなったので警察沙汰になり、やっと身元が判明したということだ。
この出来事を巡って、近隣の飲み屋では当然のことながら盛りだくさんの噂
が出た。真相を知っている者、真相を知りたいと思う者。好奇心に駆られた連中
が、一時的に増えた。それだけで売上げがあがったと言われた店もあるらしい。
自殺説も多い。不治の病に悩んでいたという説、発作的な行為だったという説、
皆が知らない所で何者かに脅かされていた説、陰で巨額の借金があって悩んで
いたという説、およそ皆が思いつく説が出揃ったころ、話題は自然に消えた。
わたしは彼の死の原因はまったく知らない。しかし、巷の隅で彼の死が話題と
なったころ、引越しの初日に。なごみを紹介してくれた"稲穂"の女主人に路上で
バヅタリ出会った。「あら!」と言うなり、「あなたも大変だったでしょう。
数十万円の借金が、一瞬のうちにパーになってったんですものね」と切り出した。
わたしには話の脈絡がまるで掴めない。だが、話を聞いていると、‘なごみ’
の主人は人知れずかなり多額の借金を何人もの常連からしていたらしかった。
そして、わたしもその被害者の一人とされたのだった。「借金のことなど、
あの店で聞いたことは一度もありませんが」と、わたしは言った。
「そうですか、あの方、やはりお金を借りられそうな人を選んでいたんですね」
と、"稲穂"の女主人は、なんだか私が金のない人物であることを確認したかの
ように言った。それは事実だが、とにかく大塩さんからは借金の話など聞いた
ことがないのも確かだ。しかし、もし噂が本当だとしたならば、いつ見ても
同じような質素な服を身につけ、今にも壊れそうな粗末な丸椅子に腰を下ろし、
無口に客に応対していただけの人物が、何百万円という金を如何なる目的で、
誰のために手にしていたのかは不思議である。その後、ほどなくして、同じ
路上で出会った飲み仲間から「知ってますか?"稲穂"のママが亡くなったんです」
と、話しかけられた。わたしは彼女の死因も知らない。どうやら持病が元で、
病で亡くなったらしい。 ≫
▼ 地元から車で一時間半に高田城下町や、新発田城下町がある。
そこでは昔からの生活があり、土着の人間関係が長い町の歴史とし脈々と
続いている。そして私の住む町の長岡城下町も同じである。 新発田出身者が
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10月03日(月)
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