ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5561,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜③
得ると徹底的にいたわるが、細かいタブーで縛られている点は、似ているが、
より厳しい。そして、急遽実家に!父親の余命一年の事態と、私のUターンで、
静かな小さな池が大きく揺れることになる。どこにもある御家騒動の始まり。
争いの種は、それぞれの立場にとっての理不尽が、怒りと争いの発端になる。
ーこれも偶然だが9年前の同月同日に、金沢のことを書いていた。ー
やはり、何かがあるのだろうか? 偶然とは面白いもの。
その前年も、同じ偶然があった。
・・・・・・
4464,余命半年 −2
2013年06月06日(木)
「余命半年 満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
* 遺伝子からみれば、古い個体は新しい個体のため消え去るのが運命
人生なら良いが、何時までも会社にへばり付き、新しい目を摘み取る人、
それを、自分で気づいてないからタチが悪い。「老兵は、ただ黙って去るのみ」
である。死も時節がある。 ただ悄然と消えていきたいもの。ーその辺りからー
≪ 科学の発展は、おそらく一つの答えを用意したと思われる。つまり人間は
生物であり、だからこそ本能が、 正確に言えば遺伝子が、「生きるように」
「殖やすように」そして「死ぬように」命じているという考えである。
生物は遺伝子によってマッピングされて出来上がっている。遺伝子は自らが
生き残るために様々な戦略を取る。別の遺伝子と組み合わさって、さらに
優れた遺伝子となるのもその一つの戦略である。そのためには、生物に交配して
もらわねばならない。だから遺伝子によって形作られた本能に従い、生物は
交配し、子孫を残し、種を繁栄・存続するように「なっている」のである。
要するに、生きるとは、遺伝子の命じるままに従い、結果として「その種の
繁栄のために動く」あるいは「その種の繁栄のために動かされること」である。
遺伝子を残し、遺伝子をより良いものにして、その遺伝子が長く存続できるよう
にすることが遺伝子の欲求であり、それが本能に刷り込まれている。だから皆、
相手を求め、おまけとして快楽が付いて来る交配を行い、危険を冒して子供を
産み、子供が一人で生きられるまでは惜しみない愛情を注ぐ。
それはすべて、「人類という種を生き長らえさせる(人類の遺伝子を残し続ける)」
ためなのである。 この考えによると、死が到来するのも理解できる。
まず交配が行われて新しい個体ができれば、親の遺伝子は子に受け継がれる。
しかも遺伝子の容れ物(肉体)も新しくなっているし、遺伝子の組み合わせに
よってより優秀な個体が生まれているかもしれない。そうすれば少なくとも
「自分の遺伝子を残す」という目的を、遺伝子は果たしたことになる。
つまり古い遺伝子や容れ物は要らなくなる。だから、多くの動物は生殖期後、
長い時間を生きずに死んでしまう。生殖という非常に大事な役目を終えて
しまった以上、もう他に大きな役割はないのである。次に、もし「死」が訪れ
なければ、限られた空間に、個体は限度を超えて殖えてしまうであろう。
そうすれば、結局その生物の相当数は淘汰されなければならない。 ≫
▼ 死ぬのは自然の摂理、それに従うしかない。その時になり慌てふためくが、
諦めきれないのが知識を持った私たち。「余命半年!」と宣言された時の
衝撃は、計り知れない。昼の間は、まだよいが、独り夜半に目が覚めて、
その恐怖との 闘いは生き地獄だろう。死ぬのが怖いが、余命半年と
悟った時から死ぬまでの苦痛が恐ろしい。だから準備が必要になる。
・・・・・・
4090, 老いの見本帳ーダークサイト −10
2012年6月6日(水)
「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)
* 老いを受け入れる
60歳前後に初老性鬱病の人になる人が多い。人生に充実感が無く、
未練や不満が渦巻いて恨みの気持ちが、世の中から落伍した感情として被害者
意識が生まれる。それが定年などで独りで判断しなければならなくなると、
異様な自己中心的いじましい行為が現れ出る。それは「尊厳を保った肯定的老人」
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06月06日(月)
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