ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5525,若者よ、外に出よ! 〜C イスラエル・聖
物語は自ら完結する性質があります。つまり物語の外を遮断して閉じている
ということですが、この閉じた物語をあえて開いて、外にまなざしを向けるのが
人間の進歩というものだったと思います。けれども、物語を外に向けて開くこと
なく、心地よい物語を作っては消費して、飽きたら捨ててまた新しい物語を作る。
その繰り返しでは社会の進歩はありません。阪神と東日本の大震災は、
「喪失と癒やし」といった小さな物語として消費されてしまいがちですが、
本来「自然と文明」という大きな物語の方向に開かれるいい機会でした。
人間の文明など、自然の力で一瞬にして押し流されることがある。そう気づいた
以上、「私たちとは何者か」と語りなおすことによって、内向きの物語が外に
向かって開かれる可能性があったのですが。結局、「復興」という美名を冠した
あまたの物語にのみ込まれてしまっています。 私が小説家として目指している
のは「閉じない物語」。いろいろな人間、価値観が混じりあって混然一体となった
空間。いたるところに破れ目や出口がある。あえて完結はしない、
大団円やオチがない物語が理想ですね。》
▼ 地元の城下町・長岡に戻ってきたとき、「アッ危ない!」と思った。
『閉じられた孤島の世界があって、この価値体系に飲み込まれると自分の一生
が潰されてしまう。とにもかくにも、距離を置くこと。自分の世界をつくり、
第三者をいれないこと!』であった。こう割り切ると、これほど面白い世界は
ない。で、今回も、その距離のおかげで、比較的、冷静にいられる。
「目くそ、鼻くそを笑う」というが、そんなもの、「ドくそ、目くそ、鼻くそ
(を)、笑う」でしかない。逆に「ドくそ、目くそ、鼻くそに笑われる」と、
割り切ればよい。所詮は、共同幻想でしかないのだから。挫折を個人にとっての
大震災と喩えると、その人を取り囲んでいる地球の、そして身近な「自然と文明」
に、気づき、開かれる機会になる。この東北大震災も、リーマンショックも、
日本人に、いや、人類にとって、「文明の行方の方向性を、根本から考え直せ」
になる。私も、この結果を含めて人生の意味を考えると、森の生活から、
サバンナの生活に移行し、早く馴染め! ということか。 これからして、
{『東京オリンピック』は、明らかに愚行そのもの!}いや、{オリンピックは
文明の象徴、これで良い!}と意見が分かれるが、私は、せっかくの再生の
チャンスを潰す象徴!の方が、正しいと思うが・・
・・・・・・
4428, 前期高齢者になって、気づいたこと!
2013年05月01日(水)
* 老人教育の必要性
前期高齢者になって丸二年になる。丁度、会社も無くなり、年金暮らしに入り、
丸裸の自分に直面、そこで改めて自分の年齢に驚いている。まず気持ちが年齢に
ついていけない。まだ50歳半ばというところ。数年前に親戚の法事に出たが、
宴席で80歳位の人の愚痴が始まった。「後期高齢者という命名が人を馬鹿にした
ようで気に入らない」「免許書換えで、返納を考えるように暗にいわれた」とか。
そこで、年寄りの愚痴ほど周囲を不愉快にすることを教わった。私の両親の愚痴を
殆ど聞いたことはない。 肉体の衰えが精神に転化し顕れるのが愚痴。
スポーツジムに毎日通って腰痛は軽くなったが、何かしらイライラする頻度が
多くなった。さしあたった心配事がないこともある。「前期高齢者」
「後期高齢者」という命名は確かに失敗。例えば前期を「グリーン高齢者」、
後期を「プラチナ高齢者」ぐらいにする心遣いも必要である。歳を重ねるたび
身体は重く、気持ちは暗くなり、身内や身辺の悪口、あら探しの度合いが強く
なるのが老化のようだ。 他人をみると分かるが、自分になると自覚できない。
それもあるから年寄りは意識して明るくなければならない。それと自立が出来て
なかった人ほど老人の甘えが強い。 政府が音頭をとって、地域自治体に
「お年寄りの心得」とかいうセミナーの聴講を義務づければよい。 私など
最も手のつけられない偏屈老人になりそうだが・・ 日本は世界の名だたる
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05月01日(日)
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