ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5197,歩くことが人間の特徴
≪ 老いへの不安を覚えている人は、決して幸福な状態にあるとは言えない。
老いを目前にしているという事実の前にたじろぎ、老人ないしは年寄りとしての
自分の姿を想像しきれぬまま、自分自身に違和感を覚えつつ心許ない日々を送る
のは、まことに居心地の悪いことである。老いについて語り論じることは、
結局のところ幸福について考えを巡らせることと重なってくるに違いない。 
近頃のわたしは、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになった。
* ひとつは日常における安寧とか安定とか平和とか、つまり波風の立たない
 平穏な毎日である。それは往々にし退屈に感じられたり、無価値に映る
(殊に若者にとっては)。だが大病を患ったり危機的な状況に追い込まれると、
「当たり前の日常」の有り難さが身に沁みる。ある雑誌に「人生の意味について」
を特集をしている。「人生に意味はあるでしょうか」という質問をさまざまな
分野で文章を綴っている人々にぶつけ、二十一名からの回答を載せている。
 詩人の谷川俊太郎氏の回答の一部を紹介すると、「人生にあるのは意味では
なく味わいだと私は思っているのですが、言葉で言うとどうも据わりが悪い。
禅問答ではありませんが、答えは「……とでも言うしかありません」となって
いて、なるほど味わいという言い方があったなあと感心させられた。
老いることには、当たり前の日常に備わった微妙な味わいを理解できる
ようになるといった効用があるのではないかと漠然と考えていた。
* 幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、
 楽しいこと、満足感を得ることーそのような躍動的で高揚感をもたらす事象
との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとっては十分に
喜ばしく感じられる出来事が別な人にはむしろ物足らなさや悔しさを惹起する
ことなどいくらでもある(たとえば優勝ではなくて二等賞に甘んじたとき)。
こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを告げる
日差しの変化とか、隣人から土産にもらった鯵の干物の美味さとか、窓の向こう
に見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とがまったく同じ
赤であったことに今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、学生時代に読んだ
小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、そういったもので
十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズをしたくなるような
晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく幸福の滴を感じ取ることができる。  
・・だがどうもわたしの世代に近いほど、歳を取っても貧欲というか大人げない
というか、若さの尻尾を引きずっているというか、往生際が悪い。
年寄りではなく、中古品の若者や古ぼけた中年としか見えない。歳を経たが
ゆえの味わいを楽しめずにいる。それがために、不満や不全感ばかりが募る。≫
▼ 老人の殆どが老人性鬱症であり、20人に一人が鬱病患者。
 また80歳を超えると4人に一人が認知症になる厳しい現実がある。
それより、私の年代で、既に4〜5人に一人が亡くなっている。おうおうに
早死した人は、「人生として恵まれてない人」として思われる。
とはいえ、生き残った人に待ち受けているのは煉獄の中のような日々。
 それが必要な人がいる。地獄は娑婆にある。
・・・・・・
3725, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜�
2011年06月07日(火)
        『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
   ■ 今回の事態に、準備はあったか?    
 二つの経済震災と、一つの自然震災で、あれよの間に倒産をしてしまった。
これは、たまたま立ち居地が悪かったと、自分でも納得せざるを得ない。
倒産時の最悪の構えの準備は? 私と家内の厚生年金を40年続けてきたので、
生活はしていける。しかし自宅は借り入れの担保に入っているので今後どうなるか。 
何とかクリアー? 出来なくても、それも定め。ホテルなどの長期設備投資は何が

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06月07日(日)
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