ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5194,千年ぶりの「大地動乱期」に入った日本列島
で死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 その不快な毒を
体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。老化は、否が応でも
毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。だから、熟年になったら
群れてはならない。 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。
≪ 老いは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとでは動じない」
人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり
面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするようなこと
への免疫を獲得していく過程ではないのか。難儀なことを解決するのか、避けるか、
無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、とにかく次第に
うろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの喜ばしい側面ではないか
とわたしは思っていたのだった。 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。
嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや
苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい
事象は、砒素や重金属のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性は
できないものらしい。 だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が
見えてしまい、なおさら難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどん
グロテスクになっていき、鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなり
つつある。・・・老いても鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには
事欠かない。しかし遅かれ早かれ、この世界のほうを、さながら迷子みたいに
置き去りにしてやれるのである。・・・ ≫
▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺
するのに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則
である。」は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、
その毒は体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、
体内の毒は、ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため
面白いのである。これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染む。
そして本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと
初めから割り切って孤立していた方が良い?
・・・・・・
3722, ジャズについて −14
2011年06月04日(土)
ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
* ージャズ・ボーカリストー
《 ビリー・ホリデイからカサンドラ・ウィルソンまで 》
【 ジャズの歴史とジャズマンについて、その流れを追ってきたが、
ジャズ・ボーカリストを簡単に触れておこう。
・ジャズ・ボーカリストといえば、誰もがまず思い浮かべるのは、
ルイ・アームストロングと、「暗い日曜日」「奇妙な果実」が知られている
ビリー・ホりデイ(一九一五〜一九五九)であろう。三〇年代の小コンボを
バックにした珠玉のような名唱、スターダムにのぼりつめた四〇年代、酒と
麻薬で声をつぶしながら深い感動を誘う五〇年代の円熟。
「ビリー・ホリデイは、それが自分の人生のように歌った」といわれ、
その技巧以上に、ひとつひとつの歌詞に込められた万感の思いを、じんわり
聴き手の魂の奥底まで響かせたポーカリストである。
・歌も人生も劇的だったビリー・ホリデイと対照的に、エラ・フィッツジェラルド
(一九一ハ〜一九九六)は、抜群のリズム感とまるで楽器を思わせるボーカルが
特徴で、ジャズ・ポーカリストのトップとして長くその地位を維持した。
大作「ソングブック」(五九)など、どれをとってもほれぼれする美しさである。
・サラ・ヴォーン(一九二四〜一九九〇)も、エラ・フィッツジェラルドと双壁を
なすモダン・ジャズ時代の女性ジャズ・ボーカリスト。四五年にソロシンガー
として独立。五十年代には、トランペットのクリフォード・ブラウンと組んで
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06月04日(木)
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