ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5183,TPPを考えるに
 パレーシアの原点は、そこにある。それゆえ、その原点は、密接な一対一の
関係が必要である。この対話は、自分が主役として振舞うのでなく、相手の話を
引き出すように行われる。それゆえ相手はソクラテスに導かれながら自分に
ついて語ることになる。重要なのは、自分が語ることができる「ロゴス」(論法
と言葉)が、自分の生き方と確固たるつながりがあることなのである・・ ≫
▼「吟味されることのない人生など生きるに値しない」というソクラテスの
 言葉が好きである。要は、味わい尽くしてこそ人生である。対話は他者だけ
でない、自分の経験に対してもおこなうべきである。そのため老後という期間が
人生に与えられている。老後を如何に過ごすか?と問われれば、「それまでの
人生に対しての自己問答を通して、魂に磨きをかけること」が答えになる。
それは死を間近にした真剣勝負である。だから面白いのである。
魂に磨きをかけるとは、そう甘いものではない。
  ・・・・・・・
3711, ジャズについて −6
2011年05月24日(火)
                ー「音楽の本」三枝成彰著より
 ー1935年、2ビートから 4ビートへー「スウィング」の時代ーP192
  * 「スウィング・スタイル」の立役者ぺニー・グッドマン
【 デューク・エリントンに、「スウィングしなけりゃ意味がない」という、
 よく知られたタイトルの曲がある。 一九二九年の金融恐慌に始まった大不況
がようやく回復の兆しを見せてきた三五年頃、ジャズの中心地となっていた
ニューヨークで、スウィング・スタイルのジャズの時代を迎える。スウイング・
スタイルのジャズとは、ビッグ・バンドによる躍動感あふれるダンスのための
ジャズといってもいいだろう。ジャズのリズム的特徴の4ビートにある。従来の
2ビートから4ビートに移行したのも、このスウィング・スタイルの特徴であり、
心地よい揺れるような感じ(スイング感)がこれによって生まれた。
 立役者は白人のペニー・グッドマン(一九〇九〜一九八六)。彼は、一九三四年
に不況のあおりで自分のバンドを解散せざるをえなかったフレッチャー・
ヘンダーソンから、そのビッグ・バンド・スタイルの編曲を丸ごと"買い受け"
たのである。そしてそれに洗練を加えることによってダンス音楽としてのジャズ
に新たな味わいをもたらした。そもそもジャズは、誕生当時からダンスホールや
クラブで演奏されることが多かったように、ダンス音楽の側面を持っていた。
ジャズが鑑賞のための音楽になるのは、その後のことである。
 グッドマンは、より速いテンポ、短いフレーズの繰り返し、軽快で歯切れの
よいタッチの演奏で、それをスウィツグ・ジャズ・スタイルとして確立させた。
グッドマンのあとには、トミー・ドーシー楽団やグレン・ミラー楽団といった
白人ビッグ・バンドが続いた。 やがてこのスウィング・スタイルでのコンポ
(八人くらいまでの小編成楽団)も人気を集めた。彼らはニューヨークの五二番街
に集中していた小ぶりなクラブでもっぱら演奏したので、五二番街は
「スウィング・ストリート」と呼ばれた。スウィングを担ったジャズメンは
白人が多かったものの、だからといって、ジャズが「黒人による不良っぽい
ワイルドな音楽」から「白人による健全でスイーツ音楽」へと変質したわけ
ではない。むしろ、スウィングから次のビバツプの時代を経て、ジャズが黒人
だけの音楽から、白人を含む音楽へと広がりを持ったと認識すべきであろう。】
▼ ここでジャズは、元もとダンス音楽の側面があり、スウィングの流行後に、
 ジャズ音楽鑑賞として進化したとは知らなかった。それも、あのべニー・グッド
マンがスウィング・ジャズの立役者とは。 あの恐慌の半ばで・・・ 
それと、学生時代に持っていた少ないレコードの中にグレン・ミラー楽団と
べニー・グッドがあったことを、この書を読んでいて思い出した。
・・・・・・・
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 2010年05月24日(月)

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