ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5179,人生相談という気晴らし! 〜⑧
≪ 本書に登場する哲学者と、哲学史上の位置づけは、以下のとおりである。
�哲学は、ソクラテスからはじまる。
�近代西洋社会を支えたのは、デカルト、カント、へーゲルの哲学である。
�根本的な近代批判を展開したのは、マルクス、フロイト、二ーチェである。
�二〇世紀の哲学を構築し直したのは、フッサール、ベルクソン、
ウィトゲンシュタインである。
�二〇世紀の哲学を反転させたのは、スピノザ、ハイデガー、メルローポンティ。
※スピノザは一七世紀の人間であるが、影響という意味でここに配置。
�二〇世紀哲学は、実存主義と構造主義の対立、つまりサルトルと、
ソシュール、レヴィストロースの対立に代表される。
�二一世紀の哲学は、フーコー、デリダ、ドゥルーズからはじまる。
一般的な哲学入門書と似たような構成をとっているが、確固たる哲学の教義
体系に必ずしも沿ってはおらず、「近代」以前の哲学や西洋以外の哲学に
ついてもあまり言及していない。また、哲学の知識や技術を伝授するような目的
で書かれたものでもない。ここで言う「哲学」とは、今生きている私たちの
「常識」的な考えの「見直し」。「常識」を「否定」「非難」しているわけでない。
あくまでも「見直し」は、哲学で言うところの「批判」である。その結果、
あなたがこれまでの「常識」と違った考え方を持てるようになったならば、
本書の目的は達成されたことになる。もちろん、「常識」も大事である。
鵜呑みにするのがよくないだけである。いろいろと考えた末に、「常識」
的な考えに立ち戻ってもかまわない。「常識」以外にも別の視座を持ち、
力強く二一世紀を生き抜けるよう、願ってやまない。 ≫
▼ この近代哲学の区分けも分かりやすい。著者は、常識的考えの「見直し」
という点を強調しているが、哲学は本来そういうこと。 共通するのは、
あくまで入門書のため。現在ギリシャが経済を含め破綻しているが、欧米の
行き詰まりの象徴であるギリシャ哲学の行き着いた果て。人間の心の奥には
不安、悩みが常に沸きあがっている。目先の安易の解決を図ろうとせず、
一度、世間的常識から手を切ることだ。勝手なエゴイズムにならない
ようにしながら、考え抜いて肯定的に生きるべきである。
・・・・・・・・
3707, ジャズについて −5
2011年05月20日(金)
ー 「音楽の本」三枝成彰著 より
ジャズといえば、日本人の私にとって、「アルカポネがいた20世紀初めの
大都会の下町の酒場で、マフィアとか、チンピラの屯している中で、数人の
演奏者が奏でている曲」というイメージがある。実際に、ジャズの歴史に残る
巨人たちは、そこから名をなすことになる。以下の三人も、ジャズに興味が
薄い私でも知っている名前である。
* "不良の巣窟"に生れのホーキンス、レスター・ヤング、カウント・ベイシー
【 p・189ー アメリカ中西部のミズーリ州カンザス・シティ、まさに
‘不良の巣窟’だった街に目を移してみよう。アメリカでは二〇年から三三年
までは禁酒法の時代だった。禁酒法はかえってアル・カポネに代表される
ギャングを生む土壌をつくった。カンザス・シティは、こうしたギャングたち
が経営する密造酒場やダンスホールが栄えた街で、ジャズもまたそうした
場所を賑わせることになる。カンザス.シティのジャズを代表するのが、
コールマン・ホーキンス(一九〇四〜一九六九)とレスター・ヤング
(一九〇九〜一九五九)という、スタイルがまったく対照的だったテナーサックス
奏者の二大元祖だろう。ホーキゾスは、アップテンポの曲では豪快に荒々しく、
バラードでは甘く柔らかく、低音域から高音域まで緩急自在なトーン・
コントロールで、サックスを単なる伴奏楽器からソロをとれる楽器へ押し上げた。
三〇〜四〇年代のニューヨークでは、たいていのテナー奏者がホーキンスを手本
とした。 一方、レスター・ヤングは、同時代人としてホーキンスの色に
染まらなかったところに、その独自性がある。彼はニューオリンズ、メンフィス、
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05月20日(水)
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