ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5165,閑話小題 〜一昨日で、まる14年になる
こうした不幸においては、何よりも、その出来事が、その人にとって、この上
なく不当で、許し難いものとして感受されるという点が大切である。
なぜ、自分は、このように、辛く、苦しい、耐えがたい悲惨や屈辱や困難を
課せられねばならないのか、どうして、自分は、このように、見捨てられ、
罵倒され、除け者にされ、迫害される憂めに会ねばならないのか、と、いくら
自問しても、その理由が分からず、ただひたすら、苦悶し、絶望するところに、
不幸と苦悩の本質があるのである。そのことは、旧約聖書のヨブ記のなかに
典型的に示されているとおりである。善人のヨブは、あるとき、理由もなく、
身の毛もよだつような苦難と不幸のすべてに襲われ、ついに、ヨブは、神を呪う
ほどの絶望と絶叫のなかに陥ってしまう。こうしたヨブの心境こそは、この世の
不幸と苦難に逢着したすべての人間が抱く感懐であり、苦悶であろう。・・・】
▼人の間で生きている人間は、他者と自分とを比較し、色々憶測する傾向を持つ。
従って、大小種種の、不平不満、卑下慢心、確執や争いが、あらゆるところに、
絶え間なく起こる。 それは絶えず、出現を窺っている悪夢であるが、一度、
檻から出たら、本人とて抑えることが出来ない猛獣として暴れまわる。それが
他虐になり、次に自虐として、深手を負うことになる。ニーチェが度々引用した
ように「難破しながらも、よく航海したものだ」と授戒することが出来た人なら、
直ぐに次の新たな取り組みをすることができる。 しかし、意志薄弱者は、
ただ恨む対象を探し、そこに執着し前進が出来なくなる。その辺のことが理解
できないのは、それまで生きてきた中で経験を消化してこなかったことに
由来する。不幸は自分で招くこともある。
・・・・・・・
3328, HPを開設、10年目!
2010年05月06日(木)
一昨日で、このHPを開設して10年目に入った。旅行中も出発前に書きだめ
をして、会社の人に頼んで書き込んできたので、ほぼ休んだことはない。時どき
スランプになるが何とか続けてきたが、書きあげる重要性が日ごと分かってくる。
一つのことを続けると、その習慣が自分自身になる。ここまでくると、私の精神
というより、魂の中核になる。HPではレポート用紙で15枚分までの字数の制限
があるので、数年前から毎日カットせざるをえないが、身を削るようで辛い。
それだけエネルギーが入っている。第三者の目を意識しながら、自分の思いの倉庫
(墓場?)として、その時どきの、浮かんだ思い、習得した知識、面白そうな情報、
潮流を書き出してきた。 あと一年で10年になるが、書きたいことは書き出した
つもり。 その時どきの時節のメルクマールとして、情報タンクとして非常に
有効になっている。また毎日、過去分の同月同日に書いた内容を読み返すことが
できるのが一番のメリット。「書きだめをして何になるのか?」といわれても、
返す言葉はないが、これが魂の中核なのだから、中心点に向かって一日2〜3時間、
気持ちを集中し続けている、それが全てである。絵、俳句など、それぞれ人に
よって違うが。 まず文章のテーマを考え、情報を集めて、書いて、何度か修正
するプロセスが考えるということ。いま書いている文章の読者は、未来の自分で
あり、過去から現在にいたる因縁ある人であり、新たな因縁のある人。
文章を書き、それを公開するのは恐ろしいところがある。 自分を曝け出して
しまうからである。 今さら、仕方ないだろう!と、何度呟いたことか。
書き上げて、アップロードした瞬間に、見事なぐらいに内容を忘れてしまう。
気持ちが入るほど、そうなってくる。したがて一年ごとに、その内容と出会うと、
驚くことしばしば。 数年前の今日こんなことを考えていたのか、こんな本を
読んでいたのか、こんなことに出会っていたのか、等々に驚かされる。
それは既に過ぎ去った過去の自分。(字数制限のためカット 2012年5月6日)
・・・・・・・
2953,人はどうしてオヤジになるか? −3
2009年05月06日(水)
* オバサン前段階のアラサーとアラフォー
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05月06日(水)
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