ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5128,閑話小題 〜副操縦士の心の闇
理解していないのでは」と、呆たようにいう。腹を据えてしまえば、後は冷静
にコトに従うしかない。全力で事に取り組めば、自然と体が浮いたように動く。
それが活き活き楽しんでいるように見えたようだ。 冷静に振り返ると、
創業の生みからみれば、万一の準備を備えていれば、苦しみは数分一。
それが第三者には見えない。長年かけ準備をし30年も続けた事業は、行蔵
として強く残るもの。 死や人生と同じである。考えれば考えるほど、
この事業に心底、感謝している。 結果に、悔いも、未練もない。
「 ご覧のとおり、そのまま結構! 」
・・・・・・・
30年前の3月31日を前にして
2011年03月30日(水)
* 創業30周年の日を前にして ・・
そういえば、明日が30年前の命がけで始めたホテル開業の日である。
当時の名前はベンクーガーホテル。その一月前の2月28日にホテルの一角で
デザイン学生服をオープンをしていた。いま思い出しても、良い時代だった。
一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが
話題をよんだ。平日はホテルに集中。土日は学生服を販売する変ったホテル。
チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、創業前
に人材を集めるのが大変な時代。当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。
ホテルなど誰も経験者がいない中で、右往左往の緊迫した日々が懐かしい。
何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。
私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、
当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。平均給与は数倍に上がって
いるに関わらずに。ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、
2008年の9・15のリーマンショック。そして、この大震災。その中で特に日本
は、その都度大きく変動した。自分の人生を振りかってみて、時代の要請に
そって能力をつくり上げ成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。
事業は30年が大きな節目になる。その節目がきた。
・・・・・・・・
3291, 人みな骨になるならば ー7
2010年03月30日(火)
* 健康法は一種の信仰である
ー まずは、その一部を抜粋してみる ー
長年医者をやっていて、少しは自分でものを考えたことのある人は、
病気や寿命は畢竟するところ「運」ということを知っている。昔ならとうに
亡くなっている人が、現代医療で長生き出来たケースもあるが、現代に生を
受けた強運である。次に、感染や、悪性腫瘍、循環障害の大半は不運に起因
するところが多い。出会いしかり、遺伝・体質しかり、生活条件しかりである。
これに無理に生活習慣病と名づけ、本人の素行いかんで完全に予防・解消できる
という発想は希望的観測や信仰に近い。ただ皆がそうであることを熱望している
から信じられているだけだ。健康や寿命まで運次第というと不安だからだろう・・
ありとあらゆる健康法をしたところで、それは入手できる限りのお守りを
持っているのと大差がなく、死病を発する時にはやはり発するのである。
5歳で白血病になる幼児や、20歳過ぎてクモ膜下出血をおこした青年に
とって、健康法がいかなる意味があるか。・・ むしろ健康法とは一種の
信仰なのである。本当かどうかは二の次である。「これさえやっておけば」
「これをやめておけば」は、健康と長寿が保証されるかを信じこむことで不安
を紛らわせているに過ぎない。つまり健康法とは念仏とかわらないのである。
たしかに健康法や健康習慣をつづけることは念仏百万遍と同じ安心感につながる。
・・少なくとも無心で念仏を唱えることは精神衛生によろしい。もし当人に
とって健康食品が美味しく、スポーツが楽しく、タバコが嫌いで、規則的な
生活が好きなら、念仏が趣味と同じで、それに越したことはない。それは本質的
に健康法ではなくて、単なる好みの問題である。 ・・結局、健康法や養生法と
いうのは、いくぶん不確かな「何かのための手段を確保しようとする試み」
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03月30日(月)
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