ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5124,閑話小題 ーボンヤリも悪くない
取り消しと首切り、そして倒産が大幅に増加することになる。身が凍る思い
である。あれから二週間になるが、現在も進行中で問題が拡大している。
・・・・・・・
3287, 人みな骨になるならば ー5
2010年03月26日(金)
 * ザインとゾルレン   
ー まずは(P−68)の「ザインとゾルレン」の一部分を抜粋する。 
・ザインはドイツ語で、「在る」とか「である」のことだから、抽象名詞
として使うと「そこに客観的に在るだけのもの」という意味になる。
それが良いことか悪いことかを問わず、現実にあるんだもの、しょうがない、
といったニュアンスの言葉。「存在」と訳されるが、「現実」や「実態」
と訳したほうがよいことも多い。
・ゾルレンというのは、英語では助動詞に相当する。「べきである」
「そうあらねばならない」といった意味で、抽象名詞としては「当為」と
訳される。当為は訓読みすれば「まさになすべし」と読み下す。
「そうあらねばならない性」、ひいては「本来はそうであるべき様態」のこと。
たとえば、当時の旧制高等学校生なら「親父が死んだので、ゾルレンとしては
すぐ郷里に帰へって家業を継ぐべきだが、ザインとしてはここでこうして破帽
のまま君たちと安酒を酌み交わしているわけさ」といった使い方をした。
このように、ザインはゾルレンとともに用いられるのがほとんどだから、
ザインというのは単に現状というだけでなくゾルレンと対比される
「ていたらく性」を帯びる。本当はゾルレンであるべきなのに、現状はザイン
なのよ、といったところ。前節で挙げた唯骨論によると骸骨こそがザインの象徴。 
そんなものが、われわれの体内に鎮座しているというのは必ずしも歓迎すべき
ことではない。若い美男美女であれば、なおさらのことである。だれしも一皮
剥けば骸骨が現れることは簡単に証明できる。ただ最近は手術場を除いて、
生きている人間にそんな残酷なことをあまりしなくなっただけのことである。
ゾルレンとしては、万物の霊長にして神の似姿である。そんな人間の中心が骸骨
にすぎないというのは直視するにしのびがたい。いくらなんでも骸骨はあんまり。
人間の中心には霊魂やクンダリニーが宿っているべきである。しかし、それは
あくまでもゾルレンなのであって、あいにくとザインとしてはやはり愛想のない
ことにおぞましくも骸骨しか存在していない。ここで悟るべきである。
ゾルレンというのは願望や想像、あるいは強制にしかすぎず、実証も提示も
できないものであることを。ゾルレンは信じることが出来ない対象であることを。 
これに対してザインは見ることも、触ることもできるものである。
▼ ザインが唯骨論の骨の存在で、ゾルレンは神の似相である、というのは
 言いえて妙である。ゾルレンは願望や想像、あるいは強制に過ぎないと言う
のも刺激的である。こうあるべき、というのも幻像の最たるもの。等々、著者
の虚無の論も肯けるというより、優しく聞こえてくる。 それも経験と年齢を
重ねたためである。 閑吟抄の、チロリ チロリ チンチロリの「何しょうぞ 
くすんで 一期は夢よ ただ狂え」の虚無とは類似をしている。 成すべき、
などの建前より、今生の世は夢 と割り切り、狂ったように生きることこそ、
虚無を突きぬけた言葉である。何をしても、成るようにしかならないのだから、
目の前を精一杯、何かに打ち込むしかないということ。それも、捨て身で。 
それが狂うということ。 この二つを冷徹な目で、己に対してみつめることだ。
それが骨になったものの視線である。
 ・・・・・・・・・
2912,金を使うなら頭を使え!
2009年03月26日(木)
 榊原英資vs岩井克人の対談 「金を使うなら頭を使え!」
                  ー新潮45ー09年2月号
 ここで学者と元大蔵官僚の二人は、この金融危機の深刻さをアッサリと
論じている。 既にアメリカの金融全体に8兆ドルを投入していたのである。
それだけ深刻ということになる。AIGだけをとっても潰すことができない。

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03月26日(木)
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