ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5104,閑話小題 〜絶食系男子・女子
動かすことは困難で、君主制が「独裁政治」に転化することは稀である。
これに対して、国民の間の身分の差を認めない民主主義の下では階層に基づく
利益集団が消滅し、誰もが一個人にしか過ぎない。しかるに、巨大な社会の
中での個人の力は僅かだから、国民は「個人」として行動する場合には微弱。 
そのため国家、社会の動きに国民は脅える。とくに一番国民を脅えさせるのは
「アナーキー」である。しかも軍事的革命によって民主主義が確立した場合に
国民のアナーキーへの恐怖は大きくなる。 力によって維持されていた体制が、
その力とともに崩壊したあとの混乱を誰もが経験しているからだ。 
結局、この無政府への恐怖が、国民を「絶対権力願望」へと駆り立て、
独裁制を生む。 こうした経緯で誕生した独裁制は、君主制の下で発生した
独裁制よりも強権的である。なぜなら君主制の下では、国民は「意に反して」
誕生した絶対権力に対し抵抗し続けることができるが「意に従って」誕生した
民主主義の下での独裁制には抵抗し難いからである。 しかしマスコミは
「慎重な楽観主義」として民主主義をみている。≫ −つづく
▼ 独裁国家の崩壊は、王政国家の崩壊より性質が悪くなる。
 今回のエジプト、チュニジア、リビアのような時代遅れの独裁国家の存在
を許し、崩壊後も同じような独裁者を生むことになる。スターリンも然り。
王政が軍事独裁者が取って替わっただけでしかない? 北朝鮮も、中国の
共産党の体制も、同じ似ている。軍隊は共産党所属である。だから騒動が
起きても、軍部は民衆より共産党につくしかない。共産党もそのの子弟が
代々上層を占めている。競争社会は格差を生み出し、その蓄積が社会構造を
作ってきた。その構造が突然、崩れても新たな理想的なシステムは、
簡単につくれるはずがない。
 ・・・・・・・
3267, 哲学者は神について、どのように語ったか −3
 2010年03月06日(土)
 中世が終わると、キリスト教の影響から脱した反動から16世紀以降特に、
素朴な信仰は色あせてくる。その中で、バスカルは神への信仰を語っている。
人間は卑小なものだが、その卑小さを知るがゆえに偉大であると。彼は、
「人間は考える葦である」という有名な言葉がある。「人間は一本の葦に
すぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である」
すべての人間は幸福を目指して行動をするが、最終的には「人間は死刑囚だ」
と嘆き、その不幸から逃れるためには来世の幸福を望むしかないと考える。
遺稿に遺作の「パンセ」がある。《パスカルの賭け》という断章がある。
「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?― いや、どちらかを
選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。― そう。 
だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」
すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。
賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。
勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。
しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、
失うのものは何もない。反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。
その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。
死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けた
とき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるから。
▼ なるほど、理にかなっていると学生時代に「パンセ」を読んで納得した
ことがある。パスカルは、理性を根拠に神の存在を証明したデカルトに反対す。
有限な人間の理性では、無限な神を理解できない。神を理解できるのは
「心」と、えた。彼が考えた神は「ヤコブの神」という。旧約聖書の登場人物
たちの語りかけ、導いた神こそ本当の神であり、デカルトの神は「哲学者の神」
にすぎないという。若いときの私にとって、非常に新鮮な感覚で、
大きな影響を受けた一人である。

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03月06日(金)
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