ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5054,閑話小題 ー古希ですか! ー2
加齢につれて身体も心も重くなるのは想像外だったが、それも生きていればこそ。 
還暦も過ぎ、年金も貰い、叔父叔母と、その連れ添いも全て亡くなった。
そして想像を絶する恐慌の大波。そして、情報化がもたらす社会の変化。
現実は厳しいが、面白いのも事実。 今年の誕生日の感想は、こんなものか! 
 やはり、「 なにしょうぞ 燻んで 一期は夢 ただ狂え 」 ということか! 
充分、狂ってきたが?!
・・・・・・・
2842, つれづれなるままに -63歳か〜 
2009年01月15日(木)
 * 63歳の誕生日か〜
 今日で63歳の誕生日になったが、まだ60歳を過ぎた実感すら全くない。
「歳月、人を待たず」といいうが、両親、義父、義母、そして両親の兄弟、
姉妹全てが、鬼籍に入ってしまった。そして兄姉、いとこ達の4割が亡く
なってしまった。この歳まで生きられたことと、思いのまま生きてきたので、
人生に悔いは無いが、この断絶の時代、可能な限り生きて変化の行く末を
見たいのも心情。 この誕生日からは厚生年金を満額貰える年齢でもある。
(以下、字数制限のためカット2011年1月15日)
・・・・・・・・・・
2008年01月15日(火)
2477, 62歳の誕生日に     YΘ!!。  _゜ヽ(*´∀`)ノ
 今日で62歳になった。この随想日記に誕生日の感想を書いていたが、そのこと
自体を全く忘れている。だから読み返すと面白い。5年続けて、自分の誕生日の
実感を気持ちを込めて書いてあった。さらに、39年前の誕生日の日記も。
(後記してある) こころから誕生日に祝ってくれる人はいない?ので、せめて
自分に対して、実感としての言葉を残すしかない? いまさら誕生日もないが・・
所詮、それも言葉でしかない。 年越しに全員でするのだから、誕生日を敢えて
することはない!というのが、日本の昔からの習慣だから、あまり誕生日に祝う
ことはなかった。現在も、それはあまり変わってないようである。
 私は、両親の42歳と38歳の時に誕生したこともあり、二人の晩年の峠を一緒に
過ごした。その経験から、同じ峠にさしかかった現在、擬似体験をしているような
気持ちになる。熟年は過ごし方によっては、これほど面白い時期はないのである。 
親鸞ではないが、この峠の道が同行二人、いや同行三人という気持ちになる。
私の場合は仏様と同行というより、心の中の両親である。熟年は過去を抱え
ながら、だんだん峠が高く険しく空気が希薄になっていく。何故?空気が希薄
になるのかを自問自答しながら自分の過去と向かい会う。そして己と同じ年齢
の両親の当時の姿が生々しく目に浮かぶ。峠が高くなるにつれ視界は大きく
開け遠景が広ろがる。それもこれも、宇宙の彼方からみれば、この62年の経験は、
砂?塵?原子?でしかないが。その時々に、その時々の気持ちを書き残した
痕跡は、自分の宝物になる。全く同じ言葉でも、その時のメルクマールになる。
要するに時間が縦として記録されているのである。それが如何した?というが、
れが如何もしようがしまいが、良いのである。人生は生きていくだけで大事業。
どんな大事業より価値がある。その当たり前のことが解らないから平気で道を
誤ってしまう。今日は毎月の飲み会! 外で飲む理由がたつので、丁度良い?
歳月、人を待たず! か〜。 ただ、一日一日は充実をしている。                 
ーーーーーーー
2007年01月15日(月)
2113, あ〜もう、誕生日か〜 61歳ですか   
 例年、誕生日にほぼ、誕生日の実感を書いていた。それを忘れていて、
前の同日分を貼り付けようとして思い出し急遽、これを書き出した次第である。
それにしても過去分の「誕生の実感」を読み返してみるのも楽しいものだ。
他人の誕生日は『ああそうか!』ぐらいしか思わないが、自分は感慨が深い?
読み返すと、それがよく解る。61歳?自分が自分でないような、認めたくない
というより信じられないのが実感だ。この歳には、もっと老成していると思い
きや、とんでもない!気持ちがドンドン若くなっていくのだ。それに加え、

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01月15日(木)
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