ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2540, ロシアの小話、8つ
父が私を残して逝ってしまったあと、私の周りの人たちは、まるで櫛の歯が
抜けるように、一人、また二人と去っていく。
私のどん底の精神状態を百も承知でのトンズラには、私は激怒した。
ガソリンを一杯にしたポリタンクを持ち、深夜の道をたった独り、
それらの人の家の前に立ったこともある。・・・・・・
 
父の死によって、大海の中で羅針盤を失い、自死を本気で考えた。
しかし、なぜ今死ぬのか、自死の理由を自分の中で検証し、
悲壮感や絶望感を、主観的でなく、客観的に、確たる自死の理由をつかみ、
父の元に元気に行きたかった。

大きな模造紙を買ってきて、自死の理由を思うまま書いてみた。
父を失った喪失感、裏切られた絶望感、あれこれ考えていくうちに、
劣等感、疎外感という文字が表れた。私自身思ってもみなかったことだ。
幼いころ、旅回りの先々で学校に行ってもろくろく勉強をしていないため、
テストに遭遇しても全く理解できず0点。
旅役者ということも重なって、疎外され、虐めにあう。
それが「トラウマ」であることがハッキリした。

この「傷」と向き合って、この傷を癒して、元気になって父の元に行こうと
私は決心し、小学校中退でも入れる「放送大学」に入学をした。

入学したといっても、並大抵のことでなかった。
教室から逃げ出したり、深夜飛び起きて、おお泣きしたり、
まさに心の「傷」の後遺症が噴出して、心のバランスを保つのに必死であった。

大學の勉強に少し自信がもてるようになってきたころ、
負けん気の強い私は、どうせやるならと、司法試験にチャレンジするため、
法曹界へ90lの人を送り出しているという有名専門校に入った。

                        つづく
 ーーー
花柳 幻舟(はなやぎ げんしゅう、1941年5月15日 - )は、
 舞踊家、作家、社会運動家、フェミニスト。 本名は、川井 洋子。

2歳で舞台に立ち、旅役者の子であることを理由に転校先の学校でいじめに遭う。
18歳で結婚して家父長制の矛盾に直面し、夫から自立するために花柳流(踊り)に入門。

花柳流名取となったが家元制度に疑問を感じ、その根源に天皇制があるとの認識を
持つに至って、家元制度打倒の運動を開始。
花柳流家元(三世)花柳寿輔を襲撃して包丁(*1)で刺し、傷害罪で服役。
天皇即位礼の祝賀パレードで爆竹を投げて道交法違反(路上危険行為)で
罰金の支払いを拒絶し服役。

2004年、放送大学を卒業し、その報告をまとめた『小学校中退、大学卒業』を上梓する。
講演活動などを続けながら舞台への復帰を目指している。

 映画『幻舟』は、
キム・ロンジノット監督が、1989年、共同監督ジャノ・ウィリアムズとともに
撮影したドキュメンタリー映画。幻舟が被写対象になっている。
原題タイトルは、『Eat the Kimono(着物を食え)』。
日本女性を縛る因習を描いた作品である。
拘束衣でもある着物に家父長制の象徴的な意味を込め、
「着物を着て自由を表現したい」
「着物に食われてはいけない、着物を食え
(着物に食われて身動きのとれない女性になってはいけない)」
と作中で語る幻舟の言葉からつけられた。
ロンジノットは黒澤明のファンだったが、映画に登場する日本女性に親しみを持てず、
違和感を感じていたところ、花柳幻舟の記事を読んで興味を持ったことが
撮影のきっかけとなった。
英国のテレビ局・チャンネル4が放映、アセン国際映画祭ではグランプリを獲得した。

1995年、幻舟は放送大学学園に入学、途中、司法試験を目指して勉強した3年間の
ブランクをはさみ、2004年3月に卒業した。
禁固以上の刑を受けた者は弁護士の欠格事由(弁護士法六条の一)となることを知り、
司法試験は断念することになった。卒業論文は、
「メディアの犯罪、その光と影−ある創作舞踊家が逆照射した現代の報道イズム」で、
著書『小学校中退、大学卒業』に掲載されている。

・・・・・・
2004年03月18日(木)
1079, 晴れ間の出来事
 ーつれづれなるままに ー


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