ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6233,閑話小題 〜「人は成熟するにつれて若くなる」
一瞬、それもまた蛍かと思ったが、星だった。蛍の光とは違って、星の光は
ずっと小さく、冷たい感じだった。 夜空の闇の広さを見ながら、宇宙では
やはり闇が主役なのだという思いがわいた。ごく感覚的にいえば、
銀河の壮麗さは、澄みきった大気に包まれた闇があってはじめて私たちの
視界に入るのだろうし、月を見る楽しさも透明な闇の濃さに左右されるはず。
花火の豪華けん麗さをひきたてるのも真の闇で、真の闇を失えぱ、花火は
いくら塀を競っても人をひきつけない。蛍だって、闇があるからこそ光を
放つことの意味が出てくる。夜の景色の基調は、なんといっても闇なのだ。 
・・ いや、本音をいえば、私は光より闇、陽より陰、実よりも虚、
緊より緩、作為より無為、色よりも空などが、よほど、この世の仕組みを
つくっているのに大切な役割を果たしているはずと思っている。・・ 》
▼ ここで、宇宙を支配しているダークマター、ダークエネルギーを引合に
 だし、宇宙を本当の主役は暗黒物質とその エネルギーとして、考えると
闇の大切が、人生論で「ぼんやりのたいせつさが」が、重なりみえてくる。
そうである、もっともっとボ〜っとするべきである。
・・・・・・
4030, 一時停止  ー谷川俊太郎ー自選散文
2012年04月07日(土)
        「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010
 図書館で借りてきたが、直ぐにアマゾンで購入した。谷川俊太郎の詩集や
特集の雑誌を何冊か、読んできた。その散文集なら面白くないわけがない。
谷川の詩も文章も、ストンと心に落ちて振動する。青年期に、谷川の著書を
読んでいたら、人生は変わってはず。 言葉を仕事にしている詩人の書いた
文章は、分かりやすい。読み手の目線を常に意識しているためだ。
  * 「青年という獣」1957年 ーより
≪・・生きているということと、生活しているということとの相違をもっとも
 てっと早やく云えば、前者を非人間的、後者を人間的と云って 差しつかい
ないだろうとぼくは思う。生きるとは、コスモスの中に生きることだが、生活
するとは、人間の社会の中に生きることだ。現代ではこの違いを理解する人は
少ない。下手をすると、コスモスなどという言葉は野暮な言葉で、悪くすると
危険な言葉にされかねない。青年は意識的、無意識的にかかわらず、これに
抗議する。青年は生きようとするものであって、生活しようとするのではない。
一見如何にソシアルに見える彼の行為も、その意味では本当にソシアルになり
得ないものだとぼくは思う。何故なら、人間以外のものになることを、いやいや
ながらでもあきらめてこそ、始めて人は人間になれるものだからだ。
人間は生活という唯一の現実によって人間になる。青年は生活以外のすべての
夢によって青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を
喰って生きる位の非人間的な強さをもつていなければならぬ。
倦怠はおそかれはやかれ彼を襲うのだ。その前に彼の肉体がまだ新しいうちに、
青年は彼の役割を果さねばならぬ。ビリイ・ザ・キッドは若かつた。
彼は太陽や風や、残酷な青空や、愛らしい女を知つていた。彼はコスモスと
その中の生命に気づいていた。彼は人間や、その生活などを知りはしなかった。
彼が強かつたのはそのためだ。彼は死のもつ非人間的な意味だけに気づいていた。
死のもつ人間的な意味などに気をとられなかつた。彼の手が震えなかつたのは
そのためだ。そのためにこそ、彼は人間としても偉かった。彼は人間を代表して、
コスモスの真只中に立つてひるまなかつた。彼は人聞を殺すことで、
コスモスと戦った。 ≫
▼ 創業は、全く経験のない思い込みの未知の生命体を創り上げること。
 それは「生きる」分野にある。それは創業という獣的行為。生活のためで
あっても、それを創るには人間性を、普通の生活者の考えを、根こそぎ捨てて
かからなければならない。ここで、「青年は生活以外のすべての夢によって
青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を喰って生きる

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04月07日(土)
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