ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5966,人生楽しいかい? −5
二週間で収まる。ホッカイロで暖める療法で、母親から学んだ。重症の場合の
苦痛は、言語に絶する。立っても、座っても、横になっても、何をしても、
脂汗が出るほどきつい。
・・・・・・
4871,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー39
2014年07月16日(水)
  * 客室は一日限りの限定販売、在庫の翌日持越し不可品!
 色いろあったホテルの立上げも、学生ショップ共々、無事に軌道に乗せる
ことが出来た。そこで、気づいたのが、<どんなにお客に支持されても、客室
在庫以上は売れない。イベントなどで一万人が市内に溢れかえっても、それ以上
は機会ロス。 逆に当日に売れ残った客室の在庫持ち越しが不可能であること> 
この辺が、この商売の限界で、物販やファッションのような面白みが全くない。
ホテル立上げは派手で面白いが、その後は、客室という単品を売る地道な商売。
ハレと、ケ(質素)がハッキリしている。 まだ学生ショップを兼用をしている
時は、面白味があったが、撤退すると、宿泊客の自殺や苦情以外は、変わりばえ
ない日が続く。 それも新築、増築が続いている内は、刺激があったが・・  
そうこう振返ると、10年が節目時? それもあって、準備期間15年間は、
書くネタは幾らでもあるが、ホテル開業後の15年目以降からは、ネタがない。 
この辺りから母の軽い痴呆症が始まり、その介護と、ストレス解消の秘境旅行に、
暇に任せ行くようになっていた。そして、バブル崩壊の潮流の変化が、デフレと
共に表立ってきていた。20以上あった都銀が、3つに集約された時期である。 
そして、母が亡くなった後の2001年の9・11テロから、地元を含めた地方経済は
大きく落ち込んでいった。 それがそのまま、当方の業績に跳ね返えっていた。
その3年後の中越地震、6年後の柏崎沖地震である。さらに1995年にマイクロ
ソフトがウィンドウ95を出してネット社会が本格的に普及を始めていた。 
そこに携帯電話など情報機器の進化で、根こそぎ、ビジネスのあり方を変った。 
当初、付帯売り上げを含め6千円あった客単価が、最後は3分2以下まで落込み、
これに客数が3分の2になって、会社整理段階で、売上高が3分の1になって
しまった。振返って考えるほど、10年目辺りが、郊外への転進か、撤退時。
この事業、有余った余剰資金と不動産を持ってする事業。私のような小資金しか
ない者は、期間限定で、転進する場合を除いてすべきではない!ということ。 
実際に身に沁みた痛みを伴った言葉である。そんなこと解っていた筈だったが、
バブルは、見境をつかなくさせていた。 でも、心底、面白かった!
・・・・・
4504, 閑話小題 ー最近の大相撲が面白くなった
2013年07月16日(火)
  * 最近の大相撲が面白くなっている
 朝青龍の一連の不祥事も冷めやらぬ内に、「野球賭博」と「八百長」問題が
続き、多くの力士が追放され、体質も一新?以前のような馴合い相撲が出来なく
なったこともあってか、勝負への気迫が格段と増し、このところ面白くなっている。
TVで50年近く観戦してきたが、これだけ真剣で引き締まっっているのも珍しい。
大相撲の面白さは、わずか数秒の間に、多くの要素が詰まっていることにある。
ところで、横綱が下位力士に張り手をするのを見る度に、怒りを感じていた。
逆に下位が横綱の顔を張るのは厳しい上下社会でタブー視され、殆どなかった。
 先日、若手力士が横綱の顔を張ったのには驚いた。これは横綱を含めた一門の
力士から出稽古などで、報復されるだろう・・ また、今度はアフリカ出身の
力士も出てきた。 外国人への開放は、モンゴロイド系だけに絞るべきと思うが、
今さら後には戻れない。神事の余興で神社で行われていた力比べが、興行として
発展したもの。 ムラ社会の中で、ある程度の八百長はあって然るべき。
 柔道の世界にレスリング選手が参入してくるのと同じで、大相撲の性格も
変わっていく。あの小さな円で、色々な人種が一瞬の技を競うのも面白い。
やはり外国人に開放したのは正解ということか。

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07月16日(日)
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